分院を出そうか、と考え始めた。物件も見ている。──その段階で、先に手を付けておくと後が楽になることがあります。
結論から書きます。分院で最初に壊れるのは、数字ではありません。院長の頭の中にあった事務です。いままで「聞けば分かる」で回っていたことが、院長が2つの医院を同時に見られなくなった瞬間、いっせいに止まります。
法律の側から見ると、分院は「もう1つの独立した医院」
まず、動かせない前提を確認します。分院は「本院の一部屋が増える」のではなく、法律上は独立した診療所です。
- 医療法第10条第1項:診療所の開設者は、歯科医業をなすものである場合は臨床研修等修了歯科医師に、これを管理させなければならない
- 医療法第12条第2項:診療所を管理する歯科医師は、同項各号のいずれかに該当するものとして都道府県知事の許可を受けた場合を除くほか、他の診療所を管理しない者でなければならない
- 医療法第8条:臨床研修等修了歯科医師が診療所を開設したときは、開設後10日以内に、所在地の都道府県知事に届け出なければならない
- 医療法第15条第1項:診療所の管理者は、従業者を監督し、その他管理及び運営につき、必要な注意をしなければならない
出典:医療法第8条・第10条・第12条・第15条(e-Gov法令検索)。条文は要旨として短くしています。届出先は、所在地が保健所を設置する市または特別区の区域にある場合は、その市長・区長になります。
大事なのは第12条第2項です。1人の歯科医師が2つの診療所の管理者を兼ねることは、原則としてできません。知事の許可を受けた場合という例外は条文にありますが、許可の要件と運用は都道府県ごとに違います。必ず所在地の都道府県(または保健所設置市・特別区)にご確認ください。ここは他所の話をそのまま当てはめられる部分ではありません。
そして第15条第1項。監督責任は、それぞれの管理者にあります。本院にいる院長が、分院で今日 何が起きているかを把握できていない——この状態は、単に不便なだけの話ではありません。
分院を出すと、最初に壊れる4つ
実際に医院が2つになると、順番にこうなります。
| 壊れるもの | 何が起きるか |
|---|---|
| 発注 | 両院で同じものを別々に頼む。どちらの医院の在庫なのか分からなくなる。まとめて安く買う交渉もできなくなる |
| お金 | 現金がどちらの医院のものか曖昧になる。請求書がどちらの医院あてか分からず、支払い漏れが出る |
| 人 | 両院を行き来するスタッフの勤怠が合わない。有給の残りを誰が数えるのか決まっていない |
| 決めごと | 同じ説明を2回することになる。片方だけ古いルールで動き続ける |
いずれも共通しているのは、「院長に聞けば分かる」でつないでいた部分が切れるということです。院長は同時に2か所にいられません。
出す前に「持っていける形」にしておく3つ
分院を出してから整えようとすると、2倍の手間になります。1つの医院のうちに済ませておくと、そのまま複製できます。
- 手順が文章になっている。朝の開院、締め、発注、支払い、患者からの電話。頭の中にあるものを、A4で1枚ずつ。完璧でなくていいので、書いてある状態にする
- 権限が「人」ではなく「金額」で決まっている。「◯◯さんなら任せられる」で回していると、分院に持っていけません。「1回◯円まで」に置き換えておくと、そのまま分院にコピーできます
- 記録が医院ごとに分かれて残る。いま1院しかなくても、「どの医院の発注か」「どの医院の売上か」を分けて記録し始めておく。あとから分けるのは、たいへん面倒です
3つめが、いちばん後回しにされて、いちばん後悔されるところです。医院を分ける列が最初から無いソフトを使っていると、分院を出した日から「合計しか見えない」状態になります。
数字の上でも、歯科は少しずつ法人と複数医院に動いている
厚生労働省の調査から、開設者別の歯科診療所数を挙げます。
| 開設者 | 施設数(令和5年) | 構成割合 | 前年からの増減 |
|---|---|---|---|
| 個人 | 49,522 | 74.1% | 1,374施設 減 |
| 医療法人 | 16,677 | 25.0% | 436施設 増 |
| 歯科診療所 計 | 66,818 | 100% | 937施設 減 |
出典:厚生労働省「令和5(2023)年 医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況」表3(令和5年10月1日現在、活動中の施設)
全体は減っているのに、医療法人だけが増えています。個人の医院が減り、法人の医院が増える方向に、少しずつ動いていることが読み取れます。
ただし、同じ調査で歯科診療所の事務職員は常勤換算25,459.0人です(表25)。医院が増えても、事務を担う人が同じだけ増えるわけではありません。分院を出したから事務が楽になる、ということは起きない。むしろ、形を先に作っておかないと、増えた分がそのまま院長に乗ります。
今日からできること
- いまの医院の手順を、1週間で3枚だけ書く(開院・締め・発注)。全部やろうとしない
- 「◯◯さんに任せている」ものを1つ選び、「◯円まで」に言い換えてみる
- いま使っているExcelに、「医院名」の列を1つ足しておく。今は1種類しか入らなくていい
- 分院の管理者を誰にするか、物件より先に考える(医療法第12条第2項があるため)
それでも残る面倒
医院が2つになると、会話のコストが上がります。「どっちの医院の話か」を毎回 言わないと通じなくなる。
「あの材料、切れてます」と言われても、どちらの棚のことか分からない。「今月の売上どうだった」と聞いても、合計なのか片方なのか分からない。この小さなズレが、毎日 何十回も起きます。ルールでは直りません。記録の形そのものに、医院を区別する仕組みが要ります。
まとめ
- 分院は法律上、独立した診療所。1人の歯科医師が2つの診療所の管理者を兼ねることは原則できない(医療法第12条第2項)
- 最初に壊れるのは数字ではなく、「院長に聞けば分かる」でつないでいた事務
- 出す前に3つ。手順を文章に/権限を金額に/記録を医院ごとに分ける
- 個人の医院は減り、医療法人は増えている。ただし事務職員が増えているわけではない
- 許可の要件と運用は都道府県ごとに違う。必ず所在地の窓口に確認する
事務長AIなら、ここが変わります
法人+複数の分院+MS法人に、最初から対応しています。あとから足す構造ではないので、1院のうちに使い始めても、そのまま2院目に広げられます。売上・自費率・材料費率は、医院ごとと法人ぜんたいの両方で見られます。稟議のしきい値は医院ごと・費目ごとに決められ、権限の設定で金額を見せないこともできます。

