受付に来た患者さんが大声を上げ、スタッフが泣きそうな顔で下がってくる。そういう日に医院として何をするかを、紙に書いて決めているでしょうか。
それを決めておくことが、令和8年10月1日から法律上の義務になりました。顧客等の言動、いわゆるカスハラ(カスタマーハラスメント)への対応が、事業主が講じなければならない措置に加わったためです。パワーハラスメントのほうは、それより前から義務です。
この記事では、厚生労働省のパンフレットと労働施策総合推進法の条文をもとに、①前から義務になっているものと、令和8年10月1日から加わったもの ②歯科医院が「顧客等」の範囲にどう入るか ③医院が講じる措置の骨組み ④10月1日の前と後で番号が違う条文 を整理します。
前から義務のもの、10月1日から加わったもの
厚生労働省が出しているハラスメント対策のパンフレットは、表紙に6種類を並べています。対策が事業主の義務になっているもの、という括りです。並べ替えて、時期で分けます。
令和8年10月1日から加わったもの
- カスハラ
- 求職活動をしている人などへの、性的な言動に関するもの
それより前から義務になっているもの
- 妊娠・出産等に関するもの
- 育児や介護の休業に関するもの
- パワーハラスメント
- セクシュアルハラスメント
ここで大事なのは、規模による線が引かれていないことです。パンフレットは事業主に対する義務として書いていて、何人以上という条件は付いていません。院長ひとりとスタッフ数人の医院も、分院を持つ法人も、同じ側に立っています。
パワーハラスメントは、3つの要素をすべて満たすもの
言葉が広く使われているぶん、線引きは資料に戻って確かめたいところです。パンフレットは、職場で行われる言動のうち、次の3つをすべて満たすものだと定義しています。
- 立場の上下 ── 優越的な関係が背景にあること
- 行き過ぎ ── 業務の上で必要で、かつ相当といえる範囲を超えていること
- 結果 ── 働く人の就業環境が害されること
そのうえでパンフレットは、適正な業務指示や指導 ── 客観的にみて、必要で相当といえる範囲のもの ── は該当しないとしています。指導そのものが禁じられているわけではない、ということです。
「職場」と「労働者」の範囲も、同じページに置かれています。職場のほうは、診療室の中だけではありません。パンフレットの言い方では、雇っている人が仕事をする場所が職場であり、ふだんの持ち場でなくてもそこに含まれます。時間外の懇親の場や通勤の途中についても、実質として職務の延長といえるなら職場に当たり得る、という書き方です。ただし当たるかどうかは、その都度 判断する必要があるとされています。見る点として挙がっているのは、参加や対応が強いられたものか自由か、誰が参加していたか、職務とどうつながっているかです。
労働者のほうは、正規雇用の人に限られません。パートタイムや契約社員といった非正規雇用も含めて、雇っている人が対象だとされています。歯科医院でいえば、短い時間だけ来てもらっている受付も、時短勤務の衛生士も、同じ範囲に入ります。
派遣の人は、雇っていなくても対象です。パンフレットは2か所で念を押しています。措置を講じる必要があるのは派遣元の事業主だけではなく、派遣先の事業主 ── 派遣の役務の提供を受ける側 ── も、自ら雇っている労働者と同じように講じなければならない、という書き方です。受付や歯科助手を派遣で受け入れている医院は、ここに入ります。
カスハラ ── 歯科医院は「顧客等」の側に立っている
10月1日から加わったほうです。こちらも、職場で行われるもののうち、3つをすべて満たすものだと定義されています。①言動の主が顧客等であること。②その言動が、働く人の担っている業務の性質やそのほかの事情に照らして、社会通念の上で許される範囲をはみ出していること。③その結果、働く人の就業環境が害されること ── という組み立てです。
電話やSNSなどインターネット上で行われるものも含まれる、という注記が付いています。医院の口コミ欄や電話での長時間の叱責も、条件を満たせば範囲に入る、ということになります。
一方で、苦情のすべてが該当するわけではありません。パンフレットは、許される範囲の中で行われたもの ── 客観的にみてそう言えるもの ── を、いわば正式な申入れだとして、カスハラから外しています。ここを混同すると、正当な申し出まで「カスハラ」と呼ぶことになります。
歯科医院にとって効いてくるのが、「顧客等」の範囲です。パンフレットが挙げている例は6つ。医院に近いものから順に並べ替えて書きます。
- 施設やサービスを利用している人と、その家族
- 施設の近くに住んでいる人
- 事業の内容などについて問い合わせをしてくる人
- 商品を買う人、サービスを使う人
- 取引先の担当の人
- 会社どうしで契約を結ぶ交渉にあたっている担当の人
ここで効いてくるのが「施設」の説明です。例として並んでいるものの中に、病院が入っています。しかも、いま利用している人だけでなく、これから利用する可能性のある人まで含むとされています。
歯科医院に当てはめ直すと、こうなります。通院している患者さんはもちろん、その家族も、まだ来院していない人も、医院の近くにお住まいの方も、この範囲です。材料を納めているディーラーの担当者も同じ側にいます。
障害のある方からの申し出についても、パンフレットは別枠で書いています。障害者差別解消法が禁じている不当な差別的取扱いをしないよう求めること、社会的障壁を取り除いてほしいと意思を伝えること ── これら自体はカスハラに当たらない、としています。
そのうえで、同法に基づく配慮の義務のほうへ話が続きます。社会的障壁を取り除くことについて、必要かつ合理的な配慮をしなければならない ── ただし、それを行うのに伴う負担が過重でないとき、という条件が付きます。この点に留意が必要だ、という書き方です。当たらないという話で終わっていません。
医院が講じる措置の骨組みは、4つにまとまっている
何をすればよいのか。パンフレットは、厚生労働大臣の指針に定められたものとして、主な措置を4つの柱にまとめています。これらは必ず講じなければならない、とされています。
- 方針をはっきりさせ、それを伝えること(周知・啓発)
- 相談を受けられる体制を作ること。苦情もここに含まれる
- 起きたあとに、速やかに、適切に動くこと
- あわせて講じるもの ── プライバシーを守ること、相談を理由に不利益な扱いをしないこと など
カスハラには、これに加えて「抑止のための措置」が入ります。対応の実効性を確保するために必要なもの、という位置づけです。妊娠や育児に関わるほうには、原因や背景になっている要因を解消するための措置が加わります。
1つ目の「方針の明確化」は、紙に書いて掲げるところから始まります。何がハラスメントに当たるのかと、それをやってはいけないという医院の立場。この2つをはっきりさせて、管理監督者も含めた全員に伝える、というのが指針の項目です。就業規則に書き込むと、規則の周知と一続きになります。規則そのものの扱いについては「歯科医院の就業規則が要るかどうか」もあわせてどうぞ。
2つ目の「相談体制」で決めるのは、誰に言えばよいかです。決めて、スタッフに伝えるところまでが体制になります。相談の中身が院長本人に関することだと、院長ひとりが窓口では行き先が無くなります。指針が求めているのは窓口をあらかじめ定めることなので、院内に置くほかに、外部に委ねる道もあります。
4つ目の不利益取扱いの禁止は、条文にも書かれています。相談したこと、あるいは事業主の対応に協力して事実を述べたことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならない ── パワーハラスメントとカスハラの両方に、同じ向きの定めがあります(条文の番号は次の節で書きます)。雇うときの書面の扱いについては「歯科医院の労働条件通知書の書き方」に整理してあります。
条文の番号は、10月1日の前と後で違う
ここは確かめておく価値があります。条文の番号が、令和8年10月1日を境に変わったからです。古い資料と新しい資料で番号が食い違っていても、どちらかが間違っているとは限りません。
労働施策総合推進法で、パワーハラスメントの根拠は令和8年10月1日から第31条です(9月30日までは第30条の2でした)。雇っている人の就業環境が、立場の上下を背景にした行き過ぎた言動で害されることのないように、相談に応じて適切に対応できる体制を整えること。そのほか雇用管理の上で必要な措置を講じること。それを事業主の義務として書いた条文で、第2項に不利益取扱いの禁止が置かれています。
カスハラの根拠は、令和8年10月1日から第33条です。こちらも第2項に不利益取扱いの禁止があります。どちらの番号も、厚生労働省のパンフレットの巻末に「令和8年10月1日施行時点」と断って載っている条文で確かめられます。
ここで気をつけたいのが、9月30日までの版の第33条は、別の条文だったことです。改正前の第33条は、厚生労働大臣の助言・指導・勧告と、勧告に従わなかった場合の公表について定めたもので、顧客等の言動の話は出てきませんでした。古い資料で「第33条」とあったら、いつの時点の条文かを確かめてください。
措置の中身を決めているのは、厚生労働大臣の指針です。ハラスメントの種類ごとに別々の告示になっていて、番号の一覧は同じパンフレットに載っています。カスハラの指針は、令和8年に出た新しいものです。
まとめると、9月30日までの資料と10月1日からの資料とでは、同じ中身が違う番号で出てきます。番号だけでなく、条文の中身(立場の上下を背景にした言動か、顧客等の言動か)で見比べると行き違いません。資料の入り口としては、厚生労働省のハラスメント防止対策のページがあります。
まとめ
- 対策が事業主の義務になっているハラスメントは6種類。そのうち2つが令和8年10月1日から加わった。ひとつがカスハラ
- パワーハラスメントは3つの要素をすべて満たすもの。適正な業務指示や指導は該当しない
- カスハラの「顧客等」には、施設・サービスの利用者及びその家族、近隣住民、取引先の担当者が含まれる。施設の例には病院が挙がっている
- 苦情のすべてが該当するわけではない。社会通念上 許容される範囲のものは、正式な申入れとされている
- 講じる措置は、方針の明確化と周知/相談体制の整備/事後の迅速かつ適切な対応/プライバシー保護と不利益取扱いの禁止の4つ。カスハラには抑止のための措置が加わる
- 条文の番号は令和8年10月1日から、パワーハラスメントが第31条(それまでは第30条の2)、カスハラが第33条。9月30日までの版の第33条は別の条文
もとにした厚生労働省の資料と法律
事務長AIなら、ここが変わります
事務長AIは、医院のマニュアルとお知らせを、スタッフが見られる場所に置けます。方針を決めたら、そこに置いて伝えるところまでが1つの流れになります。起きたことはインシデントやクレームとして記録に残り、あとから読み返せます。面談の記録も同じ場所にあるので、相談を受けてからの経過を追えます。

