歯科医院の社会保険料、定時決定で10月の手取りが変わる

歯科医院のスタッフの社会保険料は9月分から変わる ── 定時決定と、10月の給与で控除額がずれる理由

10月の給与を渡したあと、スタッフから「手取りが減っています」と言われることがあります。そのときにまず見るのは、明細の社会保険料の欄です。

毎年9月分から、健康保険と厚生年金保険の標準報酬月額が新しい額に決め直されます。これを定時決定といいます。そして条文は、保険料を前月分のぶん給与から差し引けると定めています。だから、額が動いて見えるのは10月に支払う給与です。

この記事は、健康保険法・厚生年金保険法の条文と、日本年金機構の定時決定(算定基礎届)・随時改定(月額変更届)のページをもとに、何が変わったのか、なぜ10月の給与なのか、その年だけ対象から外れるのは誰かを整理します。

🔴 先に断っておきます。この記事は決まりの形を確かめるためのものです。自院の一人ひとりに当てはめる話ではありません。当てはめは顧問の社会保険労務士か、管轄の年金事務所へ。

目次

動いたのは保険料率ではなく、標準報酬月額のほう

社会保険料は、大まかにいえば「標準報酬月額 × 保険料率」で決まります。厚生年金保険法第81条第3項は、保険料額を、標準報酬月額 及び 標準賞与額のそれぞれに保険料率を掛けて得た額とする、と書いています。どちらの側も動きうる、ということです。

ただし、9月に動くのは標準報酬月額の側だけです。厚生年金の料率は同じ第81条の第4項に表として置かれていて、最後の段が「平成29年9月以後の月分」で止まっています。日本年金機構も、厚生年金保険の保険料のページで、平成29年9月を最後に引上げが終わり、料率は18.3%で固定されていると説明しています。健康保険の料率のほうは健康保険法第160条の「都道府県単位保険料率」で、毎事業年度、財政の均衡を保てるように算定するとされています。事業年度の話であって、9月の話ではありません。

標準報酬月額を使う期間も、条文にあります。健康保険法第41条第2項と厚生年金保険法第21条第2項が、同じ言い方でその年の9月から翌年の8月までとしています。なお負担の割合は動きません。いま働いているスタッフについては、健康保険法第161条第1項も厚生年金保険法第82条第1項も、本人と事業主が半分ずつ負担するとしています。上がったぶんは医院の側も同じだけ増えます。

なぜ「10月の給与」なのか ── 条文は前月分を引くと書いている

9月分から変わるのに、なぜ10月の給与で気づくのか。答えは健康保険法第167条第1項と厚生年金保険法第84条第1項にあります。どちらも、報酬を通貨で支払うときに、本人が負担すべき前月の標準報酬月額にかかる保険料を差し引くことができる、という書き方をしています。

9月分の保険料を、10月に支払う給与から差し引く。条文が描くのはこの形です。納付も同じ向きで、健康保険法第164条第1項と厚生年金保険法第83条第1項が、毎月の保険料を翌月末日までに納付しなければならないとしています。🔵 健康保険法のほうは、第161条第1項にも第164条第1項にも、任意継続被保険者を別扱いにするただし書きが付いています。この記事はいま働いているスタッフの話なので、そちらは扱いません。

🔵 ここは「できる」と書かれた条文です。自院の給与計算がどの月の分を引いているかは、9月と10月の明細を並べれば分かります。先に自院の形を確かめてから、スタッフに説明してください。

引いたあとにやることも、条文で決まっています。健康保険法第167条第3項と厚生年金保険法第84条第3項は、保険料を差し引いたときに控除の計算書を作り、その額を本人に通知しなければならないとしています。10月の明細に控除額が出ているかを見てください。電子で配っているなら給与明細を電子化するときの決まりも見ておくと早いです。あちらは配り方の話、この記事は載せる額の話です。

4月・5月・6月の何を見て決まったのか

健康保険法第41条第1項と厚生年金保険法第21条第1項は、ほぼ同じ文です。毎年7月1日に現に使用される事業所で、同じ日より前の3か月に受けた報酬の総額を、その期間の月数で割る。割って出た額を報酬月額として、標準報酬月額を決める。7月1日より前の3か月とは、4月・5月・6月のことです。

🔴 その3か月の数え方には、括弧書きの中に条件が2つ入っていて、「かつ」でつながっています。どちらか一方ではなく、両方が掛かります。

  • その事業所で続けて使われていた期間だけを見る
  • 報酬を支払う基礎になった日数が17日(厚生労働省令で定める者については11日)未満の月があれば、その月は数に入れない

この「報酬を支払う基礎になった日数」を支払基礎日数と呼びます。日本年金機構の随時改定(月額変更届)のページによれば、給与計算の対象になる日数のことで、日給制と時給制なら出勤日数、月給制と週給制なら暦日数で計算します。

🔴 月給のスタッフの支払基礎日数は、出勤した日数ではありません。

何が「報酬」に入るかは、日本年金機構の厚生年金保険の保険料のページが例を並べています。歯科医院で出てきそうなものを拾えば、基本給のほか、役付手当、家族手当、通勤手当、住宅手当、早出残業手当あたり。🔵 例はもっと長い一覧なので、自院の手当が入るかは原文で数えてください。同じページは、年4回以上 支給される賞与もこちら側に含まれるとしています(年3回以下なら標準賞与額のほうへ)。事業所が出す宿舎費や食事代のような現物給与も、額に含めて決定されます。

🔵 4月から6月に残業が重なれば、早出残業手当もここに入り、そのまま1年ぶんの標準報酬月額になります。仕組みの話で、働き方を変える勧めではありません。

パートのスタッフは、日数の線が変わる

日本年金機構の定時決定(算定基礎届)のページは、短時間就労者の定時決定を別に立てています。パートタイマーやアルバイト、契約社員、嘱託社員などが当たります。呼び名ではなく、正規社員より短い労働条件で働いているかどうかで見る、と注が付いています。決め方は3つです。

  1. 4月・5月・6月のうち、支払基礎日数が17日以上の月が1か月以上ある ── その月の報酬総額の平均を報酬月額にする
  2. 3か月とも17日未満 ── そのうち15日以上17日未満の月だけを取り出し、報酬総額の平均を報酬月額にする
  3. 3か月とも15日未満 ── 従前の標準報酬月額のまま定時決定する

これとは別に、特定適用事業所で働く短時間労働者の決め方があります。こちらの線は11日。4月・5月・6月のいずれも11日以上あればその3か月で算定し、11日以上の月が1か月か2か月しかなければその月の平均で決め、3か月とも11日に届かなければ従前の標準報酬月額になる、と同じページにあります。

この「短時間労働者」には定義の注が付いています。まず、1週間の所定労働時間 か 1か月の所定労働日数が、通常の労働者の4分の3に届かないこと。そのうえで下の2つに当てはまり、勤め先が特定適用事業所・任意特定適用事業所・国や地方公共団体の事業所であることが要ります。

  • 1週間の所定労働時間が20時間以上
  • 学生でないこと

以前は賃金の要件(月額8.8万円以上)もありましたが、令和8年10月1日施行の改正で削られました(健康保険法第3条第1項第9号・厚生年金保険法第12条第5号)。例外は、最低賃金の減額の特例を受けていて報酬が8万8千円未満の人(特定減額特例対象者)です。原則は被保険者にならず、申し出れば被保険者になれます(健康保険法附則第8条の3の2・厚生年金保険法附則第4条の6)。

🔵 自院が社会保険の適用事業所に当たるか、という手前の話は歯科医院の社会保険、加入義務はどこからかに書きました。あちらは「入るか、入らないか」の線、この記事は「入ったあと、いくらで計算されるか」の話です。

その年に限って、この決め方が使われない人

健康保険法第41条第3項と厚生年金保険法第21条第3項は、第1項の決め方をその年に限り適用しない人を、2つのまとまりで挙げています。

  • 6月1日から7月1日までの間に被保険者の資格を取得した者
  • 7月・8月・9月のどれかの月から標準報酬月額が改定される人、又は 改定されるべき人(健康保険法なら第43条・第43条の2・第43条の3、厚生年金保険法なら第23条・第23条の2・第23条の3による改定)

🔵 後ろのまとまりは、改定された人と「改定されるべき」人の両方を指しています。まだ届出を出していなくても、改定されるべき人はこちらに入ります。

届出の側から見ると、言い方が変わります。日本年金機構の定時決定(算定基礎届)のページは、算定基礎届を出す相手を、7月1日時点の被保険者ぜんぶと70歳以上被用者としたうえで、次の4つのどれかに当たる人は提出が要らない、と続けます。

  • 資格を取得したのが6月1日以降の人
  • 6月30日以前に辞めた人
  • 7月改定の月額変更届を出す人
  • 8月または9月に随時改定の予定がある、と申し出た人

9月以降に給与を動かしたら、見るのは随時改定のほう

10月に昇給させた、手当を付けた、時給の単価を上げた。そのときに効くのは定時決定ではなく随時改定です。日本年金機構の随時改定(月額変更届)のページは、次の3つの要件にすべて当てはまった場合に行うとしています。

  • 昇給 または 降給などによって、固定的賃金に変動があったこと
  • 変動月から引き続く3か月の報酬の平均額から出した標準報酬月額が、従前のものと2等級以上 離れたこと
  • その3か月とも、支払基礎日数が17日以上あること(特定適用事業所で働く短時間労働者なら11日以上)

🔴 3つは「すべてに該当した場合」です。1つでも欠ければ随時改定にはなりません。

固定的賃金というのは、あらかじめ額や率が決まっている賃金のことです。🔵 当たる例は同じページに一覧があるので、歯科医院で起きそうなものだけ拾います。ベースアップ、ベースダウン、日給から月給への切り替え、日給や時間給の単価の変更、それに住宅手当や役付手当のような固定的な手当を新しく付けたときと、額を変えたとき。なお、休職にともなう休職給は変動に当たらず、随時改定にはなりません。

改定されるのは、変わったあとの報酬を初めて受けた月から数えて4か月目の標準報酬月額からです。同じページは、4月に支払う給与が変わった場合なら7月、という例を添えています。提出の時期は「速やかに」です。

🔴 逆向きの落とし穴も、同じページが2つ挙げています。どちらも対象にならないほうです。

  • 固定的賃金を上げたのに、残業手当などの非固定的賃金が減ったせいで、3か月平均の標準報酬月額が従前より下がったとき
  • 固定的賃金を下げたのに、非固定的賃金が増えたせいで、3か月平均の標準報酬月額が従前より上がったとき

どちらも2等級以上 離れていても、対象にはなりません。逆に緩くなる場合も書かれています。等級が上限 または 下限をまたぐ変更なら、1等級の差でも対象になります。🔵 その上限と下限は、健康保険と厚生年金で別です。同じページに両方の表が載っています。

院長が10月にやること、3つ

  1. 決まった等級と、給与計算の設定を突き合わせる。7月に出した算定基礎届の結果が、9月分からの標準報酬月額です。紙の通知と給与計算の画面を1人ずつ並べるだけで、道具は要りません
  2. 控除額が明細に出ているかを見る。計算書を作って本人に通知する義務は、上の節のとおりです
  3. 辞めた人の最後の給与を、条文で確かめる。下に分けて書きます

9月末で辞めた人の、最後の給与

健康保険法第167条第1項には括弧書きが付いていて、その人がもう事業所で使われていない場合については、前月 及び その月の2か月ぶんを差し引けるとしています。厚生年金保険法第84条第1項にも同じ括弧書きがあります。

では、その月の保険料は実際にかかるのか。健康保険法のほうは、条文が2本あります。

  • 健康保険法第36条 ── 資格を失うのは、事業所で使われなくなったときなどに当たるに至った日の翌日から(同じ日にまた資格を取得したときの例外が、括弧書きに置かれています)
  • 健康保険法第156条第3項 ── 前の月から続けて被保険者だった人が資格を失った場合、その月分の保険料は、算定しない

🔵 ここからは書き手の読み取りです。前の月から続けて被保険者だった人に限った話として読んでください。9月30日まで勤めた人は、翌日の10月1日に資格を失います。失った月は10月なので、算定しないのは10月分。9月分は算定されます。9月29日まで勤めた人なら喪失は9月30日で、9月分が算定されません。退職日が1日ずれると、引く額が変わる計算になります。最後の給与を作る前に、管轄の年金事務所か顧問の社会保険労務士に確かめてください。

それでも残る面倒

随時改定には、決まった時期がありません。給与を動かした人がいれば、その都度3か月ぶんを見ることになります。

院長がひとりで持つと、この「追いかける」が残ります。誰の固定給を、いつ、いくら動かしたか。医院のどこにも残っていないと、3か月後に思い出すところから始まります。

まとめ

  • 定時決定で決まった標準報酬月額は、その年の9月から翌年の8月までの各月に使われる(健康保険法第41条第2項/厚生年金保険法第21条第2項)
  • 条文は前月分を差し引くことができると書いている。だから額が動いて見えるのは10月の給与。🔴 自院がどの月の分を引いているかは、明細を並べて先に確かめる
  • 差し引いたら計算書を作り、その額を本人に通知しなければならない(健康保険法第167条第3項/厚生年金保険法第84条第3項)
  • 算定の基礎は4月・5月・6月。括弧書きの条件は2つで「かつ」の関係。支払基礎日数は、月給制と週給制なら暦日数で数える
  • パートは17日と15日の分岐、特定適用事業所の短時間労働者は11日。同じ医院の中でも線が違う
  • 9月以降に固定的賃金を動かしたら、随時改定の3要件をすべて見る。改定は4か月目から、提出は「速やかに」

この記事の根拠にした条文とページ

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この記事を書いた人

近藤 宏海
近藤 宏海 株式会社ガラパゴスワークス 代表取締役

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私は歯科医院の事務の現場で、医院の開業から日々の運営まで、発注・納品・人の手続き・お金の管理を担ってきました。いまは歯科医院の開業コンサル・経営コンサルとして、ほかの医院の立ち上げや立て直しにも関わっています。

現場で「これがあれば」と感じたものを、自分の手で形にしたのが「事務長AI」です。いまも導入先の医院で使っていただきながら、改良を続けています。

記事では、現場で実際にぶつかった困りごとを、公的な資料で裏付けながら、明日から使える形でお伝えします。

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