「育休を取りたいので相談させてください」。スタッフからそう言われて、最初に頭に浮かんだのがシフトのことだった。歯科医院は、ユニットの数だけ人が要ります。
先に結論を書きます。①育児休業の申出を、医院の側から断ることはできません。②休んでいる間の生活費は雇用保険から出るので、医院が給与を立て替える仕組みではありません。③社会保険料は医院の負担分も本人の負担分も免除されますが、自動ではありません。医院が申し出て、しかも締切があります。
③を落とすと、払わなくてよかった保険料を医院が払い続けます。以下、条文と厚生労働省・日本年金機構の資料に当たって並べました。
出産の前後は歯科医院のスタッフが妊娠したら ── 産前産後と線量で扱いました。こちらはその続き、育児休業の話です。
断れるのか ── 条文は「拒むことができない」と書いている
1歳に満たない子を育てている人は、事業主に申し出て育児休業を取れます。育児・介護休業法の第5条第1項です。そして第6条第1項の本文が、事業主はその申出を「拒むことができない」と言い切っています(e-Gov法令検索 育児・介護休業法)。
「代わりがいない」は、条文が用意した例外ではありません。第6条第1項が置いている例外は、次のものです。
断れるのは、労使協定で決めた人からの申出
第6条第1項のただし書は、職場の過半数を代表する労働組合と、組合がなければ労働者の過半数を代表する人と、書面で協定を結んだ場合に限って、そこで定めた人からの申出を断れるとしています。断れる相手として条文が最初に挙げているのは、その事業主に続けて雇われた期間が1年に満たない人。2つめは厚生労働省令に委ねられています。
まず確かめるのは、この協定が自院にあるかどうかです。無ければ、入職して3か月のスタッフからの申出も断れません。就業規則に「勤続1年未満は対象外」と書いてあっても、それは条文が求めている書面の協定とは別のものです。
パート・有期のスタッフはどうなるか
期間を決めて雇っている人には、第5条第1項のただし書が条件を置いています。その子が1歳6か月になる日までに契約が終わることがはっきりしていない人なら、申し出られます。更新のある契約なら、更新後のもので判断します。
更新するかどうかをまだ決めていない状態は、「終わることがはっきりしている」には当たりません。有期だからという理由だけでは外れません。
産後パパ育休も、同じように断れない
男性スタッフや、産後休業を取らない人が使う出生時育児休業(産後パパ育休)も、第9条の3第1項の本文が「拒むことができない」としています。取れる期間を決めているのは第9条の2第1項です。子が生まれた日から数えて8週間が過ぎる日の翌日までの間で、4週間以内(予定日より早く、または遅く生まれたときは、同項の括弧書きで数え方が変わります)。同条第2項によって、回数は2回まで、日数は28日までに収まります。
加えて第10条が、申出をしたこと・休業したことなどを理由にした解雇やその他の不利益な扱いを禁じています。断れないだけでなく、配置や評価で埋め合わせることもできません。
「1か月前」は、休業を止める線ではない
第6条第3項が事業主に認めているのは、休み始める日を後ろへずらすことです。申出のあった日の翌日から数えて1か月より手前の日を開始予定日にしてきたときに、そこから1か月が経つ日までの範囲で、始まりの日を指定できます。断る権利ではありません(e-Gov法令検索 育児・介護休業法)。
産後パパ育休は、第9条の3第3項が同じ仕組みを2週間で置いています。さらに第9条の3第4項により、労使協定で雇用環境の整備などを定めた医院は、この幅を2週間を超え1か月以内の範囲まで広げられます。
| 申出の種類 | 医院が開始日を指定できる範囲 | 根拠 |
|---|---|---|
| 育児休業 | 申出の翌日から1か月が経つ日まで | 法 第6条第3項 |
| 産後パパ育休 | 申出の翌日から2週間が経つ日まで | 法 第9条の3第3項 |
| 産後パパ育休(労使協定あり) | 2週間を超え1か月以内で、協定が決めた期間 | 法 第9条の3第4項 |
シフトに効いてくるのが分割です。第5条第2項により、子が1歳になる日までに2回取った人は、省令の定める特別の事情がなければ、その子についてそれ以上は申し出られません。2回に分けて取ることは、制度として想定されています。
休んでいる間のお金 ── 給与、給付、そして免除の締切
休んだ時間の賃金を払わないこと自体は、不利益な扱いに当たらない
厚生労働省の育児・介護休業法のあらましは、不利益な扱いの例に「減給」と「賞与等において不利益な算定を行うこと」を挙げたうえで、休業中に実際に働かなかった時間の賃金を払わないことはこれに当たらない、と書いています。
ただし同じ箇所に続きがあります。休んだ期間を超えて「働かなかったもの」として扱えば、不利益な算定に当たる。まだ休みに入ってもいないのに、申出をしたというだけで賃金・賞与・退職金を減らすことも当たる。「休んだ分は無給」と「休む前から下げる」は、別の話です。
生活費は雇用保険から出る
育児休業給付金は雇用保険の給付です。第61条の7第1項が、休業を始めた日の前2年間にみなし被保険者期間が通算12か月以上あることを求めています。入職して間もない人は、ここで外れることがあります。額は同条第6項が定めていて、休業に入る前の賃金日額に支給日数を掛けた額の50%。ただし、その休業を始めた日から数えて休業日数が通算180日になるまでの間は67%です(e-Gov法令検索 雇用保険法)。
このほかに出生後休業支援給付金があり、対象期間に休んだ日数(上限28日)を掛けた額の13%。産後パパ育休に対する出生時育児休業給付金(第61条の8第4項)は67%です。
厚生労働省の育児休業等給付についてのページは、申請先を事業所の所在地を管轄するハローワークだと案内しています。同じページの新着情報には、令和8年8月1日から育児休業等給付の申請手続きを見直しますというお知らせが載っています。古い様式を使っている医院は、まずそこを見てください。
給付は雇用保険の被保険者であることが前提です。勤務時間の短いスタッフが被保険者に当たるかどうかは、歯科医院の雇用保険の加入条件、週20時間と31日の線にまとめました。
社会保険料の免除は、医院が申し出て初めて効く
健康保険法の第159条第1項と、厚生年金保険法の第81条の2第1項は同じ組み立てです。事業主が申出をしたときに、保険料を取らない。日本年金機構は、本人の負担分と医院の負担分の両方が免除されると説明しています(e-Gov法令検索 健康保険法/e-Gov法令検索 厚生年金保険法)。
どの月が免除されるかは、条文が2つの場合に分けています。
| 場合 | 免除される月 |
|---|---|
| 休み始めた月と、休み終わった日の翌日が入る月がちがう | 休み始めた月から、休み終わった日の翌日が入る月の前の月まで |
| その2つが同じ月で、しかもその月に休んだ日数が14日以上 | その月 |
賞与の保険料には別の線があります。両方の条文とも、休業の期間が1か月以下の人は免除の対象を毎月の給与にかかる保険料に限る、と括弧の中で断っています。日本年金機構は、賞与を出した月の末日をまたいで1か月を超えて休んだ場合に限り、賞与の保険料も免除されると案内しています。
そして、締切があります。日本年金機構は、この申出を休業の期間中か、休業が終わった日から数えて1か月以内に行わなければならないと書いています。出すのは「育児休業等取得者申出書」。提出先は事務センターか管轄の年金事務所で、方法は電子申請・郵送・窓口持参(窓口は年金事務所のみ)です(日本年金機構 従業員が育児休業等を取得・延長したときの手続き)。
同じページは、この手続きを休業を取るたびに事業主が行う、とも書いています。分けて2回取れば、申出も2回。1回目で済ませたつもりになると、2回目が免除されません。加入義務そのものの線は歯科医院の社会保険、加入義務は個人立の常時5人からにあります。
令和7年10月から増えた、医院側の宿題
ここは、申出を受けてから考えたのでは間に合いません。厚生労働省の育児・介護休業法(令和7年10月施行部分)等のご案内に沿って整理します。
その人に、直接 知らせて、意向を聴く
本人または配偶者の妊娠・出産の申出を受けたら、育児休業の制度などを知らせ、あわせて取るつもりがあるかどうかを確かめる措置をとる。法第21条第1項です。知らせる中身は施行規則の第69条の4が4つに定めています(e-Gov法令検索 育児・介護休業法施行規則)。
- 育児休業の制度そのもの
- どこへ申し出ればよいか
- 雇用保険から出る育児休業給付と出生後休業支援給付のこと
- 休んでいる間、本人が負担する社会保険料をどう扱うか
やり方は第69条の3が定めていて、面談、書面を渡す、ファクシミリで送る、電子メールなどで送る、のいずれか。ファクシミリと電子メールは、本人が希望した場合に限られます。院内の掲示や、誰に渡したか残らない一斉のお知らせでは足りません。
第21条第2項と第3項は、あわせて働き方の希望も聴き、聴いた内容に配慮しなければならないとしています。聴く項目は第69条の7が置いていて、始業と終業の時刻、働く場所、制度をいつまで使うか、そのほか両立の妨げになっている事情を和らげる条件です。厚生労働省は、聴く時期を「妊娠・出産等の申出を受けたとき」と「子が3歳の誕生日の1か月前までの1年間」の2つとして案内しています。
3歳から就学前の子には、2つ以上の措置を用意しておく
第23条の3第1項は、3歳から小学校に上がるまでの子を育てるスタッフのために、申出に応じて使える措置を2つ以上用意しておくよう求めています。厚生労働省のご案内が挙げている選択肢は5つです。
- 始業・終業の時刻を動かす(フレックスタイム制、または時差出勤)
- テレワークなど。1日の労働時間は変えず、月10日以上 時間単位で使えるもの
- 保育施設の設置運営と、それに準ずる便宜の供与
- 養育両立支援休暇。1日の労働時間は変えず、年10日以上 原則 時間単位で取れるもの
- 短時間勤務。1日を原則6時間とする措置を含むもの
診療は院内でしかできないので、テレワークと保育施設の設置運営は当てはめにくい選択肢です。選びやすいのは時差出勤・短時間勤務・養育両立支援休暇のあたりです。措置を講じる前に、過半数組合(無ければ労働者の過半数を代表する人)の意見を聴かなければなりません(法 第23条の3第4項)。選んだ措置の中身、申出先、そして残業・時間外労働・深夜業の制限の制度。この3つを、子が3歳になるまでの適切な時期に、対象のスタッフへ個別に知らせて意向を確かめます。
あわせて第22条第1項が、申出のしやすい環境づくりを求めています。研修をする、相談を受けられるようにする、または省令の定める措置(第71条の2は、取得した事例を集めて配ること、制度と取得を後押しする方針を知らせることを挙げています)のいずれか。全部そろえる必要はありません。
守らなかったらどうなるか ── 罰金ではなく、指導と公表
育児休業を断ったこと自体に罰金を科す条文は、この法律にはありません。効いてくるのは別の道です(e-Gov法令検索 育児・介護休業法)。
第56条で、厚生労働大臣は事業主に報告を求めたり、助言・指導・勧告をしたりできます。そして第56条の2が、勧告に従わなかった事業主について、そのことを公表できるとしています。公表の対象として条文に並ぶ規定のなかには、申出を断れないとする第6条第1項、不利益な扱いを禁じる第10条、個別に知らせて意向を確かめる第21条第1項が入っています。
育児休業の取り扱いをめぐって金銭の制裁が出てくるのは、第66条です。第56条で求められた報告をしないこと、事実と違う報告をすること。どちらも20万円以下の過料の対象です。(第62条から第64条にある罰金は、労働者の募集に関する規定です。)
それでも残る面倒
ひとつめは、代わりの人です。条文は休ませることを求めますが、誰がユニットに入るかは書いていません。厚生労働省の令和7年10月施行部分等のご案内には、両立支援等助成金の育休中等業務代替支援コースが載っています。金額や要件は年度で変わるので、使うときは今の内容を確かめてください。
ふたつめは、復帰したあとです。第23条第1項の短時間勤務は3歳未満の子が対象で、そこから先は第23条の3の措置に引き継がれます。有給の扱いも並行して動くので、歯科医院の有給管理、法定どおりにできていますかもあわせて見てください。
まとめ
- 育児休業の申出は断れません(法 第6条第1項)。同項が断れるとしているのは、書面の労使協定で決めた人からの申出です。
- 「1か月前」は休業を止める線ではなく、医院が始まりの日をずらせる範囲です(法 第6条第3項)。産後パパ育休は2週間(法 第9条の3第3項)。
- 休んだ時間の賃金を払わないこと自体は不利益な扱いに当たりませんが、休んだ期間を超えて働かなかったものとして扱えば当たります。
- 社会保険料の免除は、医院の申出があって初めて効きます。申出は休業の期間中か、終わった日から1か月以内。取得のたびに必要です。
- 令和7年10月から、個別に知らせて意向を確かめること、聴いた意向に配慮すること、3歳から就学前の子に2つ以上の措置を用意することが加わりました。
最初にやることは、労使協定があるかどうかを確かめること。無ければ、勤続1年未満でも断れません。そこから先は、締切を並べる作業です。
当たった条文と資料
- e-Gov法令検索 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律
- e-Gov法令検索 同法 施行規則
- e-Gov法令検索 健康保険法
- e-Gov法令検索 厚生年金保険法
- e-Gov法令検索 雇用保険法
- 厚生労働省 育児・介護休業法のあらまし
- 厚生労働省 育児・介護休業法(令和7年10月施行部分)等のご案内
- 厚生労働省 育児休業等給付について
- 日本年金機構 従業員が育児休業等を取得・延長したときの手続き
事務長AIなら、ここが変わります
事務長AIには、これから来る締切を並べる「期限」(開くと「これから来るもの」)と、誰にいつまでを頼むかを残す「タスク」があります。申出を受けた日、休み始める日、年金事務所へ出す期限、ハローワークへの申請日を、そこへ置けます。「雇用契約書」「勤怠」「有給管理」「シフトを組む」は同じ人事労務のメニューです。

