保健所から「立入検査を行います」という通知が届いた。何を見られるのか、何をそろえておけばよいのか。開業してから一度も受けたことがなく、手が止まる院長もいると思います。
先に結論です。立入検査の根拠は医療法第25条第1項で、条文は診療所も名指ししています。見る項目や頻度は、名古屋市や広島県のように、自治体が年度ごとの「実施方針」で示している例があります。この記事では、名古屋市の令和8年度の無床診療所向けの実施方針を例に、見られる項目を事務の目で並べ直し、広島県の実施方針で対象と頻度の考え方を確かめます。
立入検査の根拠 ── 医療法第25条第1項
医療法第25条第1項によると、検査ができるのは都道府県知事、保健所を設置する市の市長、特別区の区長で、必要があると認めるときに行えます。診療所については、開設者若しくは管理者に必要な報告を命じること、又は職員を診療所に立ち入らせて検査させることができます。検査させるものとして条文が挙げるのは、次のとおりです。人員若しくは清潔保持の状況。構造設備若しくは診療録、帳簿書類その他の物件。
上の段落では、条文のうち病院・助産所・オンライン診療受診施設についての部分と、検査の対象の並びにある助産録を省き、診療所に関わるところだけを書いています。
ここからは筆者の読み方です。条文は「病院」だけでなく「診療所」を名指ししているので、ユニットだけの歯科医院も外れません。条文が検査をさせる側として挙げているのは、都道府県知事、保健所を設置する市の市長、特別区の区長です。
無床の診療所には、どのくらい来るのか
頻度について、広島県の令和8年度の実施方針は、病院には管内の全ての施設へ毎年1回としたうえで、診療所(歯科診療所を含む)を2つに分けています。有床診療所は定期的に、おおむね3年に1回以上。無床診療所は、できるだけ実施する、という書き方です。
同じ広島県のページでは、歯科を含む診療所向けに、前もって出す書類の様式を載せています。施設表と職員名簿、サイバーセキュリティのチェックリストなどです。検査の前に通知が届くので、それらを作って期限までに出すよう案内しています。
ここからは筆者の読み方です。無床の歯科医院には毎年来るとは限りません。通知が来てから慌てないために、何を出すかは自治体ごとに違うことも踏まえて、自分の医院を受け持つ保健所のページで、その年度の実施方針と様式を一度見ておくのが近道です。
名古屋市の例:無床診療所で見る22項目
名古屋市の「令和8年度名古屋市無床診療所立入検査実施方針」は、厚生労働省の令和7年度の通知と愛知県の実施方針に留意したうえで、無床診療所の定期立入検査で基本とする項目を、(1)から(22)まで挙げています。歯科医院に関わりの深いものを、事務の目で4つに分けて並べ直すと次のとおりです(並べ替えと分け方は筆者によるもので、方針の番号は括弧に残しています)。
人と記録
- (1) 免許証:採用のとき原本で確かめ、写しを残しているか。歯科医師の臨床研修修了の登録(歯科医師法第16条の4第1項)が済んでいるか
- (3) 記録:診療録の作成と保存。処方せんやエックス線写真などの記録の整理。保存期間について、方針は「病院の基準に準じて最低2年間の保存が望ましい」と書いています
- (4) 健康診断:非常勤や派遣の職員まで含めた、定期的な健康診断などの体制
記録の保存には、この「望ましい」とは別に、法令の義務があります。
歯科医師法第23条は、第1項で、診療をした歯科医師に、診療に関する事項を遅滞なく診療録へ書くことを義務づけています。第2項は保存の決まりで、その診療録は5年間保存しなければなりません。保存するのは、病院又は診療所に勤める歯科医師の診療の分ならその病院又は診療所の管理者、それ以外の診療の分ならその歯科医師です。
保険医療機関には、もう一つ義務があります。保険医療機関及び保険医療養担当規則第9条が保存の対象にしているのは療養の給付の担当に関する帳簿及び書類その他の記録で、保険医療機関は、その完結の日から3年間保存しなければなりません。ただし、患者の診療録は、その完結の日から5年間です。
ここからは筆者の読み方です。歯科医師法の条文は保険診療に限っていないので、自費の診療の診療録も5年です。保険診療をしていない医院でも、診療録の保存の義務はなくなりません。名古屋市の方針の「最低2年間」を、保存してよい期間の目安と読むと、歯科医師法や療担規則の年数より短くなってしまいます。診療録は5年、保険診療の帳簿・書類は療担規則の3年で考え、くわしくは歯科医院のカルテ保存期間は5年 ── 帳簿は何年かを見てください。
安全の体制(指針・研修・責任者)
(5) 医療の安全、(6) 院内感染、(7) 医薬品、(8) 医療機器、(9) 診療用放射線の5つです。項目ごとに見るものが少しずつ違うので、方針の書き方に沿って並べます。
- (5) 医療の安全:指針の整備、職員研修、事故報告など改善のための方策
- (6) 院内感染:指針、研修、感染症の発生状況の報告など改善のための方策。あわせて、手袋・マスクなどの使い方と処置の前の手指消毒が職員に徹底されているか
- (7) 医薬品:安全使用の責任者、研修、業務の手順書とそれに沿った業務、必要な情報の収集など
- (8) 医療機器:安全使用の責任者、新しく入れたときの研修、保守点検の計画づくりと実施、必要な情報の収集など
- (9) 診療用放射線:責任者、安全利用の指針、放射線診療に従事する者への研修、被ばく線量の管理など改善のための方策(線量の管理と記録は、方針が挙げるCTや透視などの装置を使う場合)
(5)(6)(7)の研修は、他の機関が実施する研修の受講で代えられる、と方針は書いています((7)は他の研修とあわせてもよい)。
掲示と外向けの情報
(10) 広告が医療法などの基準に合っているか、(11) 決められた事項を見やすい場所に掲示しているか、(12) 個人情報の利用目的を患者に知らせているか、(14) 医療機能情報を公表しているか、です。
委託・設備・外とのやりとり
- (2) 委託:医療法施行令第4条の7の業務を外に出しているか。産業廃棄物の処理を頼むなら、事業者の義務とされている処理業者の能力の確認などをしているか
- (13) エックス線撮影室:管理区域の標識、注意事項の掲示、使用中の表示、障害防止の設備と管理
- (15) 歯科技工所:技工物を頼む先が、歯科技工士法の届出をした技工所かを確かめてから頼む
- (17) 院内設備:診察室・処置室・待合室などがきちんと設けられているか
- (21) サイバーセキュリティ:医療機関向けのサイバーセキュリティ対策のチェックリストの項目で、管理者として必要な措置をとっているか
このほか同じ方針には、(16) 検体検査の業務、(18) 開設者と非営利性の確認、(19) 自由診療のインフォームド・コンセント、(20) オンライン診療、(22) 医師の働き方改革(追加的健康確保措置)が入っています。行っている診療によって、当てはまるものが変わります。
広島県の実施方針も、令和8年度の重点項目の中で、歯科医療機関の院内感染対策の徹底を取り上げています。ハンドピースなどは添付文書で指定された使用方法を守り、使ったあとは滅菌処理などを行うよう求める内容です。
通知が来る前に、今日からできること
ここからは筆者の読み方です。上の項目の多くは、「その場で作る」のが難しいものです。研修の記録や点検の記録は、日付の入った実績があって初めて出せます。通知が来てから作ると、日付のない書類が並ぶことになります。
- 受け持ちの保健所の実施方針と様式を見る。名古屋市や広島県のように、方針・チェックリスト・事前提出の様式をページに載せている自治体があります。名古屋市のページは、無床診療所の方針や様式は毎年4月頃に更新される、と案内しています
- 指針・手順書・責任者の名前を1か所にまとめる。医療安全、院内感染、医薬品、医療機器、診療用放射線の5つは、責任者や指針の有無を聞かれます
- 研修をした日と参加者を記録に残す。他の機関の研修で代えられる項目もありますが、受けた記録は手元に要ります
- 免許証の写しと健康診断の記録を、スタッフごとにそろえる。非常勤や派遣の人も含めます
- 委託先の書類を確かめる。感染性廃棄物の処理業者、歯科技工所の届出の有無です
個々の項目は、別の記事でくわしく扱っています。安全の体制は歯科医院に要る安全管理の体制、指針と研修と責任者、エックス線は歯科医院のエックス線装置、届出と漏えい線量の測定、廃棄物は歯科医院の感染性廃棄物、マニフェストの流れと期限、健康診断は歯科医院の健康診断 ── 年1回と、パートはどこから、記録の保存は歯科医院のカルテ保存期間は5年 ── 帳簿は何年かです。
それでも残る面倒
ここからは筆者の読み方です。立入検査の準備で手間がかかるのは、書類を作ることより、あちこちに散らばった記録を集めることです。研修の記録は院長の机、点検の記録は業者の封筒、免許証の写しは採用のときのファイル。どれも「あるはず」なのに、すぐ出てこない。しかも毎年来るとは限らないので、前回どこにしまったかをたどるところから始まるかもしれません。
まとめ
- 立入検査の根拠は医療法第25条第1項。必要があると認めるときに、診療所にも立ち入って検査させることができ、人員・清潔保持の状況・構造設備・診療録・帳簿書類などが検査の対象になる
- 頻度や重点は、名古屋市や広島県のように年度ごとの実施方針で示している自治体がある。広島県の令和8年度の方針では、無床診療所は「できるだけ実施する」
- 名古屋市の令和8年度の無床診療所向け方針は、免許証の確認から医師の働き方改革まで22項目を挙げている。歯科医院では、安全の体制(指針・研修・責任者などで、項目ごとに見るものが違う)、記録、掲示、委託、エックス線、歯科技工所の確認が関わる
- 診療録は歯科医師法第23条第2項で5年の保存が義務(自費の診療も含む)。保険医療機関は療担規則第9条で帳簿・書類なども3年(診療録は5年)。名古屋市の方針の「最低2年間の保存が望ましい」と取り違えない
- 筆者の読み方として、研修や点検の記録は日付のある実績が要るので、通知が来る前から1か所にまとめておく
当たった条文と自治体の資料
- e-Gov法令検索 医療法
- e-Gov法令検索 歯科医師法
- e-Gov法令検索 保険医療機関及び保険医療養担当規則
- 名古屋市 立入検査の実施
- 名古屋市 無床診療所の立入検査 実施方針(令和8年度・PDF)
- 広島県 医療法に基づく立入検査について
- 広島県 立入検査等の実施方針(令和8年度・PDF)
事務長AIなら、ここが変わります
事務長AIの「教育・研修」で研修の「日付」「題名」「出席した人」を、「従業員名簿」(開いた先の見出しは「人」)で「免許番号(任意)」をスタッフごとに残せます。点検や更新の時期は「期限」(開いた先の見出しは「これから来るもの」)に登録でき、期限を完了にしたとき、「繰り返し(任意)」の書き方が読み取れた場合には、次の期限が立ちます。院内の決めごとや手順は「マニュアル」に置けます。立入検査の様式を作る機能はありません。

