診療室の奥の棚が、カルテと模型と段ボールで埋まっている。捨ててよいものが分からないので、とりあえず全部 置いてある。歯科医院では、よくある光景です。
この記事は、公開日時点で有効な条文にもとづいて書いています。法令は改正されます。実際に捨てる判断をするときは、記事末にある条文へのリンクから、いまの条文をご確認ください。
先に結論を書きます。診療録(カルテ)は5年、保険診療の帳簿や書類は3年、歯科技工指示書は2年です。ただし技工指示書の2年は技工が行われた施設にかかるもので、医院に残す控えは3年です。年数が違うのは、根拠にしている法律がそれぞれ別だからです。そして、数え始めるのは「作った日」ではありません。
この記事では、条文をたどって「何を何年 置くのか」を一覧にします。そのうえで、棚の前で30分あれば進められる形まで落とします。
何を何年 置くのか ── 歯科医院の一覧
歯科医院にかかる保存の義務は、1つの法律にまとまっていません。歯科医師法、保険診療のルール、歯科技工士法、労働基準法、税の決まり。それぞれが別々に年数を決めていて、重なっている部分もあります。まず全体を並べます。
| 置いておくもの | 年数 | 根拠 | 数え始める日 |
|---|---|---|---|
| 診療録(カルテ) | 5年 | 歯科医師法 第23条第2項/療担規則 第9条 | その患者の診療が完結した日 |
| 保険診療に関する帳簿、書類、その他の記録(レセプトや処方箋の控えなど) | 3年 | 療担規則 第9条 | 完結した日 |
| 歯科技工指示書 (技工が行われた施設) | 2年 | 歯科技工士法 第19条 | その技工が終了した日 |
| 歯科技工指示書 (医院に残す控え) | 3年 | 厚生労働省 保険診療確認事項リスト(歯科) | 療養の給付が完結した日 |
| 労働者名簿、賃金台帳、労働関係の重要な書類 | 5年(当分の間は3年) | 労働基準法 第109条・附則 第143条 | ー |
| 帳簿、決算関係書類、現金預金取引等関係書類(青色申告) | 7年 | 所得税の決まり(国税庁) | ー |
| 請求書、納品書、契約書などの書類(青色申告) | 5年 | 同上 | ー |
| 帳簿・決算書類(医療法人) | 7年 (赤字の出た年度は10年) | 法人税法施行規則 第59条・第26条の3 | 決算日の翌日から原則2か月を経過した日 |
| 会計帳簿・貸借対照表など(医療法人) | 10年 | 医療法 第50条の2・第51条 | 帳簿を閉じた時/作成した時 |
カルテの5年は、2つの条文から出ています。1つめは歯科医師法の第23条です。第1項で、診療をしたら遅滞なく診療録に書くことを求め、第2項で、診療所に勤める歯科医師の診療にかかるものはその診療所の管理者が5年 保存すると定めています。管理者とは、多くの医院では院長ご自身です。勤務医が書いたカルテも、置いておく義務は院長の側にあります。
2つめは、保険医療機関としてのルールです。保険医療機関及び保険医療養担当規則(療担規則=保険診療のやり方を定めた厚生労働省令)の第9条は、保険診療を担当するうえでの帳簿や書類、その他の記録を完結の日から3年、患者の診療録だけは完結の日から5年としています。
つまり保険診療をしている歯科医院は、この2つが同時にかかっています。カルテについては、どちらも5年なので迷いません。分かれるのはカルテ以外です。レセプトの控え、処方箋の控え、保険診療のやりとりを残した書類。これらは、第9条が定める3年のほうに入ります。
なお、歯科医師法の第23条に違反した場合の罰則は、同法の第31条の3に置かれています。50万円以下の罰金です。記録を残すことは、医院の中の決めごとではなく、法律で求められていることだと押さえておいてください。
数え始める日は「書いた日」ではない
ここが、いちばん取り違えられるところです。療担規則の第9条は「完結の日から」と書いています。カルテを書いた日でも、初診の日でもありません。
では、いつが「完結」なのか。条文はそこまで定義していません。ここは記事で言い切れるところではありませんが、その患者の診療が終わった日、つまり最後に来院した日を起点に数えておけば、期間を短く見積もることはありません。
この違いは、棚の中身を大きく変えます。10年前に初診で来た患者さんでも、去年 来院していれば、そのカルテはまだ手元に置く期間の中にあります。「古いカルテから順に捨てる」という整理のしかたが成り立たないのは、このためです。
起点が違うものが、もう1つあります。歯科技工指示書です。歯科技工士法の第19条は、診療所の管理者に対して、その医院で行われた歯科技工の指示書を技工が終了した日から起算して2年 保存することを求めています。患者の通院が続いていても、指示書のほうは技工が終わった時点から数え始めます。
ただし、この2年を「2年で捨ててよい」と読まないでください。第19条が保存を求めているのは、「病院、診療所又は歯科技工所の管理者」に対して、その施設「で行われた歯科技工に係る」指示書です。どの施設で技工が行われたかで、保存する人が決まります。つまり技工を外注している場合、その指示書を保存する義務は技工所の側にあります。院内に残している控えを何年 置くかは、この条文には書かれていません。
いっぽう療担規則 第9条が3年としているのは、「療養の給付の担当に関する」帳簿・書類・その他の記録です。そのうえで、ただし書が患者の診療録だけを5年に分けています。技工指示書がこの条文のどれに当たるかを名指しした条文は見つかりませんでした。ただし実務のほうには、はっきりした答えがあります。厚生労働省が指導・監査で使う保険診療確認事項リスト(歯科)は、歯科技工指示書を項目として挙げたうえで、3年たたないうちに破棄・紛失していた例があったとして、適切に整理・保管するよう求めています。ここでいう3年は、「療養の給付の完結の日」から数えます。つまり歯科医院には、外注した分も含めて3年 残しておくことが求められています。同じリストには、指示書を発行せずに外注していた例も挙がっています。技工指示書を2年で捨てると、指導のときに足りません。カルテに挟んで保管しているなら、結局カルテと同じ5年 動かせなくなります。
よくある勘違い、3つ
1. 「エックス線写真は2年」
検索するとよく出てくる年数です。出どころは医療法施行規則の第20条第10号です。ここでは、備えておく「診療に関する諸記録」として、エックス線写真のほか、看護記録や手術記録、処方せんなどを、過去2年ぶんと定めています。
ただし、この第20条は医療法の第21条第1項を受けた規定で、各号の中身は病院について書かれています。歯科診療所は、医療法でいう病院ではありません。つまり、この2年はそのまま自院に当てはまる数字ではない、ということです。
では診療所のエックス線写真は何年か。診療所を名指しで書いた規定は見当たりません。保険診療で撮ったものであれば、療担規則 第9条がいう記録に当たると読むのが自然で、その場合は3年になります。一方で、カルテに貼ってある、あるいはカルテと一体で管理しているものは、診療録の一部として5年で考えておくほうが安全です。迷うくらいなら、カルテと同じ5年に揃えてください。棚の管理も、そのほうが単純になります。
2. 「レセプトの控えも5年」
5年と決まっているのは診療録です。レセプトや請求にかかわる控えは、療担規則 第9条がいう帳簿・書類のほうに入ると考えられ、3年です。もっとも、揃えて5年にして困ることはありません。年数を2つに分けて管理する手間と、2年ぶん多く置く場所と、どちらが自院に合うかで決めてください。
3. 「期間が過ぎたら、捨ててよい」
法律が求めている最低ラインが切れる、という意味です。「捨てなさい」ではありません。あとから患者さんに説明を求められたとき、記録が残っていないと困るのは医院の側です。過去の補綴物の経過や、投薬の履歴のように、年数が過ぎても手元にあると助かるものがあります。
逆に、置き続けることにも負担があります。紙は場所を取りますし、個人情報でもあります。期間が過ぎたものをどうするかは、医院として1回 決めておくのがいちばん楽です。決めていないと、毎年 同じ迷いが戻ってきます。
お金まわりの書類は、もっと長い
院長が見落としがちなのが、税の側の年数です。国税庁「記帳や帳簿等保存・青色申告」によると、青色申告の場合、帳簿と決算の書類、それに現金や預金の動きにかかわる書類が7年。取引のときにやりとりした書類のほうは5年です。白色申告なら、収入と必要経費を書いた帳簿が7年で、それ以外は5年になります。
例外もあります。前々年分の所得が小さい場合は、領収証や通帳のたぐいが5年に短くなります(事業所得と不動産所得の合計で300万円以下)。逆に、消費税を納めている医院では、請求書の控えを7年 残す場面があります。自院がどちらに当たるかは、顧問の税理士に確かめてください。
ここまでは個人立(所得税)の話です。医療法人は別の決まりが重なります。法人税のほうは法人税法施行規則の第59条が、帳簿や決算の書類を「起算日から七年間」保存するよう定めています。数え始めるのは、決算日の翌日から原則2か月を経過した日です(申告期限を延長している法人は、そのぶん後ろにずれます)。
ここに2つ、もっと長いものが乗ります。ひとつは赤字が出た年です。同規則の第26条の3は、欠損金が生じた事業年度の帳簿書類を「起算日から十年間」保存するよう求めています。これは単なる義務ではありません。法人税法の第57条が、帳簿書類を保存している「場合に限り、適用する」と書いていて、残していないと赤字の繰越そのものが使えなくなります。捨てた瞬間に税額が変わる、という種類の年数です。
もうひとつが、医療法そのものです。第50条の2は、医療法人に対して「会計帳簿の閉鎖の時から十年間」の保存を求めています。第51条も、貸借対照表と損益計算書を「作成した時から十年間」としています。税の7年で捨てると、医療法のほうに引っかかります。しかも数え始める日が税とは別(税は決算日の2か月後、医療法は帳簿を閉じた時)なので、同じ棚に「7年」と書いて並べると事故になります。法人なら10年で揃えておくのが安全です。
労務の書類も忘れられがちです。労働基準法の第109条は、労働者名簿、賃金台帳、雇入れや解雇、賃金など労働関係の重要な書類を5年 保存するよう定めています。ただし同法の附則 第143条により、当分の間は3年と読み替えられています。有給の管理簿を含めた労務の書類については、辞めたスタッフの仕事が引き継がれない医院の共通点でも触れています。あちらは退職のときに何を残すかの話、この記事は年数の一覧だと考えてください。
今日、30分でできること
棚の中身を全部 見直す必要はありません。順番を決めるだけで、来年からの手間が変わります。
- 箱の単位を「最後に来た年」に変える。患者ごとに探す形をやめて、最終来院の年ごとにまとめます。数え始める日が最終来院日なので、この単位だと年数の判断が一度で済みます。
- 箱の外側に「見直す年月」を書く。廃棄予定日ではなく、見直す日です。中を見ずに捨てる運用にしないための線引きです。
- 技工指示書は、別の箱にする。医院に残す控えは3年。起点はカルテと同じ「完結の日」ですが、年数が2年ぶん短いので、同じ箱に入れるとカルテの5年まで動かせなくなります。
- 税の書類は、医院の記録と混ぜない。年数の長いものと短いものを同じ箱に入れると、全部 長いほうで置くことになります。
- 電子カルテなら、契約書を1回 読む。解約したあと、過去のデータをどの形で受け取れるのかを確かめてください。ここは医院ごとに契約が違うので、一般論では決められません。
5つとも、道具を買わずにできます。必要なのは、マジックと箱と、30分です。
それでも残る面倒
- 年数が法律ごとに違うので、1つの棚では終わらない。分ければ分けるほど、どこに何があるか分からなくなります
- 起算日が書類ごとに違う。台帳がないと、結局「全部 置いておく」に戻ります
- 紙と電子が混ざる。同じ患者の記録が、電子カルテと紙に分かれている医院は珍しくありません
- 捨てるときにも判断が要る。個人情報を含む紙を誰がどう処分するか。決めていないと、結局 捨てられません
どれも、道具ではなく決めごとの問題です。書き留めて年に1度 思い出す形にできれば、棚は動きます。
まとめ
- カルテは5年。根拠は歯科医師法 第23条第2項と、療担規則 第9条。この2本です
- カルテ以外の保険診療の帳簿・書類は3年。歯科技工指示書は、技工が行われた施設が2年(起点は技工が終了した日)。医院に残す控えは3年で、こちらの起点はカルテと同じ「完結の日」です(厚生労働省が指導監査で求めています)
- 数え始めるのは「完結の日」。条文に定義はありませんが、最後に来院した日を起点に見ておくのが安全です
- 「エックス線写真は2年」は病院についての規定です。迷うならカルテと同じ5年に揃えてください
- 税の書類は、個人立なら青色申告で最長7年。医療法人は別で、会計帳簿が医療法で10年、赤字の出た年度は税でも10年です。労務の書類は5年(当分の間は3年)。医院の記録とは分けて置きます
この記事は、条文に書かれていることを並べたものです。自院の書類が何に当たるかの最終的な判断は、所轄の厚生局、税務署、または顧問の税理士・社会保険労務士にご確認ください。
根拠にした条文と資料
- e-Gov法令検索 歯科医師法(第23条・第31条の3)
- e-Gov法令検索 医療法(第50条の2・第51条)
- e-Gov法令検索 法人税法(第57条)
- e-Gov法令検索 法人税法施行規則(第59条・第26条の3)
- 厚生労働省 保険診療確認事項リスト(歯科)
- e-Gov法令検索 保険医療機関及び保険医療養担当規則(第9条)
- e-Gov法令検索 歯科技工士法(第18条・第19条)
- e-Gov法令検索 医療法施行規則(第20条第10号)
- e-Gov法令検索 労働基準法(第109条・附則 第143条)
- 国税庁「記帳や帳簿等保存・青色申告」
- 国税庁「個人で事業を行っている方の記帳・帳簿等の保存について」
事務長AIなら、ここが変わります
事務長AIは、医院の決めごとを1か所に置ける道具です。書類ごとの保存年数と見直す月を「マニュアル」に書いておき、年に1度の棚の見直しを「タスク」に載せておけば、院長が毎年 思い出す仕事ではなくなります。カルテそのものを預かる仕組みではありません。レセコンとも直結しておらず、数字のやりとりはCSVの取込です。決めごとを置いて、忘れない形にするところまでが役目です。

