スタッフが辞めたあとで、そういえば最近ようすが違ったな、と思い当たる。歯科医院では、数人しかいないぶん、ひとりの不調がそのまま診療の穴になります。
その職場のメンタルヘルス対策として法律が用意しているのが、ストレスチェックです。これまで、労働者数50人未満の事業場は努力義務でした。歯科医院のほとんどが、この側にいます。それが、令和10年4月1日から義務になります。
再来年度のはじめなので、いま慌てる時期ではありません。ただ、スタッフが10人を下回る医院には、直前に決めようとすると間に合わない部分があります。集団分析です。
この記事は、公開日時点の条文と厚生労働省の資料で確かめられた範囲だけを書きます。施行までに省令や指針が追加されることがあります。実際に動かすときは、記事末のリンクから、そのときの内容をご確認ください。
いま、あなたの医院に義務はあるか
ストレスチェックそのものは、2015年から法律で義務づけられています(厚生労働省小規模な事業場向けのスタートガイド)。根拠は労働安全衛生法の第66条の10第1項で、医師や保健師などによる検査を、事業者が行わなければならないと定めています。
ところが同じ法律の附則に、第4条という特例が置かれています。第13条第1項の事業場以外については、「当分の間」、第66条の10第1項の行わなければという部分を「行うよう努めなければ」と読み替える、という内容です。義務が努力義務に下がる、ということです。
では第13条第1項の事業場とは何か。産業医を選ばなければならない事業場のことです。その規模は労働安全衛生法施行令の第5条にあり、「常時五十人以上の労働者を使用する事業場」と書かれています。
つなげると、こうなります。
- 常時50人以上の労働者を使用する事業場 … いまも義務
- それ以外の事業場 … 当分の間は努力義務
歯科医院で常時50人以上となると、相当な規模です。ですから多くの医院は、いま努力義務の側にいます。やっていなくても違反にはならない、けれども努めることは求められている、という状態です。
なお、条文が数えているのは会社や法人ではなく、事業場です。分院を持っている法人で、どこをひとまとまりとして数えるのかは、実際の運営のしかたで変わります。迷ったら、所轄の労働基準監督署に確認してください。
令和10年4月1日から、何が義務になるのか
2025年の労働安全衛生法の改正で、この特例がなくなります。厚生労働省のスタートガイドは、労働者数50人未満の事業場にも実施が義務化されたこと、その施行期日が令和10年4月1日であることを、どちらも明記しています(周知用リーフレットも同じ日付です)。
ここで押さえておきたいのは、ストレスチェック制度が1本の作業ではなく、3つの部分でできていることです。そして、義務の重さが部分ごとに違います。
| 制度の部分 | 何をするか | 扱い |
|---|---|---|
| ストレスチェック(検査) | 質問票に答えてもらい、結果を本人に通知する | 義務 |
| 医師の面接指導 | 高ストレスの人から申出があったら、医師の面接を用意する。面接のあとは医師の意見を聴き、必要なら就業上の措置をとる | 義務 |
| 集団分析・職場環境改善 | 結果をまとめて職場の要因を調べ、改善につなげる | 努力義務 |
面接指導が義務なのは、本人から申出があったときです。院長の側から呼び出す仕組みではありません。
もうひとつ。実施したことを労働基準監督署へ報告する決まりがありますが、労働安全衛生規則の第52条の21は、その対象を常時50人以上を使用する事業者と書いています。いまのところ、50人未満の医院は報告の対象に入っていません。ただし施行に合わせて省令が変わることはあり得ますので、そこは施行前に見直してください。
実際には何をするのか ── 年1回、外部に頼み、個人の結果は院長に届かない
中身を具体的にします。労働安全衛生規則の第52条の9は、常時使用する労働者に対して、「一年以内ごとに一回」、定期に検査を行うこととしています。聞くのは次の3つの領域です。
- その人の心理的な負担の原因になっていること
- 心理的な負担による、心身の自覚症状
- 職場の他の人から受けている支援
質問票は自作しなくてかまいません。国が推奨する57項目版があり、スタートガイドに見本が載っています。
検査をする人は、規則の第52条の10で決まっています。医師と保健師です。さらに、厚生労働大臣が定める研修を終えていれば、公認心理師・精神保健福祉士・看護師・歯科医師も実施者になれます。歯科医師が入っているので、院長がやれるのではと思われるかもしれません。しかし同じ条の第2項が、検査を受ける労働者の解雇・昇進・異動に直接の権限を持つ監督的地位にある人は、「検査の実施の事務」に従事してはならない、と定めています。スタッフをやめさせる、役職を上げる、配置を変えるといったことを院長が決めているなら、この立場にあたると考えるのが自然です。
だからこそ、厚生労働省のスタートガイドは、労働者のプライバシー保護の観点から、原則として外部委託による実施を勧めています。医院の中には、委託先との契約や連絡調整をする実務担当者を指名します。
結果の扱いも、はっきり決められています。法律の第66条の10第2項は、検査をした医師などが、本人の同意を得ずに結果を事業者へ提供してはならないとしています。つまり院長は、誰が高ストレスだったかを勝手に知ることはできません。ここは制度の土台です。安心して答えられなければ、検査そのものが意味を持たないからです。
そして、面接指導には続きがあります。医師に会ってもらえば終わり、ではありません。法律の第66条の10第5項は、面接指導の結果をもとに、その人の健康を保つために必要な措置について、事業者が医師の意見を聴くことを義務づけています。規則の第52条の19は、これを面接のあと遅滞なく行うこととしています。
さらに法律の第66条の10第6項が、聴いた意見を勘案して必要があると認めるときは、本人の事情を考えたうえで、働く場所を変える、担当する作業を替える、労働時間を短くするといった措置をとることを義務づけています。厚生労働省のスタートガイドも、面接指導の手順として、医師の意見を聴くこと、その意見を踏まえて必要な就業上の措置を実施することを並べています。ここは委託先が代わりに決めてくれる部分ではなく、院長が決めるところです。
記録の保存も、院長の側の仕事です。5年間 置くことになっているものに、次のものがあります。
- 本人の同意を得て検査結果を受け取ったときは、その記録を5年間(規則 第52条の13第2項)
- 面接指導をしたときは、その結果の記録を5年間(規則 第52条の18第1項)
また、面接指導を申し出たことを理由に不利益な扱いをしてはならないと、法律の第66条の10第3項が定めています。シフトを減らす、担当から外すといった対応は、ここに触れるおそれがあります。
実務担当者については、スタートガイドが、衛生推進者または安全衛生推進者を選ぶことが望ましいとしています。ここで気づいてほしいことがあります。常時10人以上50人未満を使用する事業場には、そもそもこの人を選ぶ義務がすでにあります。法律の第12条の2と、規則の第12条の2です。法律の条文は、業種によって安全衛生推進者と衛生推進者を使い分けています。その分かれ目になる業種は施行令 第3条が指しており、そこに挙がっているのは 第2条第1号・第2号の業種です。医療業はどちらにも入らず、第3号のその他の業種にあたります。ですから歯科医院が選ぶのは「衛生推進者」のほうです。スタッフが10人以上いて、まだ選んでいなければ、ストレスチェックより先にこちらです。
10人を下回る医院がつまずくのは、集団分析
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
集団分析は、規則の第52条の14第1項が定める努力義務です。個人の結果は本人の同意なしに事業者へは渡りませんが、事業者のもとには、誰のものか分からない形にまとめた結果が届きます。それを手がかりに職場の要因を探す、という設計になっています。
問題は、まとめる相手の人数です。厚生労働省の集団分析についてのリーフレットは、10人という線を示しています。集計する単位がそれを下回るなら、原則としてやってはいけない、という扱いです。
理由は単純で、少人数だと結果から個人が割れてしまうからです。数人しかいない集団の平均点が下がれば、院長でなくても見当がついてしまいます。守るための制度が、逆に誰かを追い詰める道具になりかねない。だから線が引いてあります。
歯科医院にとって、これは大きい。院長を除いたスタッフが10人に届かない医院は珍しくありません。その規模では、ふつうのやり方のままでは集団分析に進めません。
では、あきらめるしかないのか。リーフレットには、逃げ道が例として挙げてあります。向きは大きく2つです。ここに挙がっているものが全部というわけではありません。
1つめは、まとまりを大きくする向きです。事業場そのものが小さいときは、10人以上のより大きな集団になるよう工夫したうえで実施してほしい、とあります。ただし、どこまでをひとまとまりにしてよいかは書かれていません。分院を持つ法人が、医院をまたいで束ねてよいとも書かれていません。条文が数えているのは事業場です。単位は、委託先や産業保健総合支援センターに相談して決めることになります。
2つめは、出し方を変える向きです。人数が足りなくても個人が割れずに済む出し方として、質問票の57項目ぶんの点数を全部足した合計点の平均を使うやり方と、「仕事のストレス判定図」を使うやり方が、例として挙げてあります。ただし、このやり方をとっても、極端に人数が少なければ適切ではない、と釘が刺してあります。どこからが極端なのかは、示されていません。
どちらの向きをとるにしても、委託先との相談になります。そしてこの相談は、実施の直前に始めるには重すぎます。だから、いま考えておく価値があります。
なお、この第52条の14第1項は令和9年4月1日から変わります。個人を見分けられない方法で行うこと、という趣旨の文言が条文に加わります(令和8年6月30日公布の省令改正)。厚生労働省は、これまでもそう解釈されてきたものを条文に書き表しただけで、やり方を変えるものではないと説明しています。
集団分析は努力義務なので、できないことが直ちに違反になるわけではありません。要点は、やらなくてよいということではなく、個人が割れる形ではやってはいけないということです。そこを踏まないための線が、10人です。
お金をかけずに使える窓口と、いま決めておけること
費用の話をすると気が重くなりますが、無料で使える公的な窓口がいくつも用意されています。厚生労働省の50人未満の事業者向けにまとめたページがあります。
| 窓口 | 何をしてくれるか |
|---|---|
| 地域産業保健センター (全国350か所) | 労働者数50人未満の事業場が対象。高ストレス者に対する医師の面接指導などを無料で受けられる |
| 産業保健総合支援センター (47都道府県) | 相談対応、事業場への訪問による導入支援などを無料で提供 |
| ストレスチェック制度サポートダイヤル | 導入や実施の相談に専門スタッフが対応(平日10時から17時。通話料がかかります) |
| こころの耳 | 制度の解説、取組事例、働く人向けの相談窓口 |
面接指導の依頼先として地域産業保健センターを使えるのは大きいところです。産業医と契約していない医院でも、医師の面接にたどり着ける道がある、ということです。
そのうえで、いまの時点で決めておけることを4つに絞ります。
- 人数を数える。常時50人以上なら、いますでに義務です。まずここを確かめます。
- 実務担当者を決める。常時10人以上なら、衛生推進者を選ぶ義務がすでにあります。ストレスチェックのときに慌てて探すより、いま片づくことです。
- 10人を下回るなら、集団分析の単位を考えておく。どんな単位・どんな出し方なら個人が割れないか。委託先に相談するときの材料を、いまのうちに書き出しておきます。
- 窓口の連絡先だけ控えておく。地域産業保健センターの連絡先は、いまの時点で医院の中の書類に控えておく価値があります。高ストレスの人が出てから探すものではありません。
まとめ
ストレスチェックは、労働者数50人未満の事業場にも令和10年4月1日から義務になります。歯科医院のほとんどが、これまで努力義務の側にいたところです。
実施は外部に委託するのが原則で、結果は本人の同意なしに院長へ渡りません。それでも、院長の側には仕事が残ります。実務担当者を決めること。面接指導をしたら、医師の意見を聴いて、必要なら就業上の措置をとること。受け取った結果や面接指導の記録を5年 置くこと。申し出た人を不利に扱わないこと。ここは外に出せません。
いちばん先に考えておくとよいのは、スタッフが10人を下回る医院での集団分析です。10人という線は、個人を守るために引かれています。ここを直前に考え始めると、実施そのものが止まります。
制度の目的は、不調の人を見つけることではなく、不調になる前に気づけるようにすることです。人数の少ない歯科医院ほど、ひとりが抜けたときの影響は大きくなります。義務になる日を待たずに、順番に手をつけていけます。
この記事で確かめた出典
- 厚生労働省 周知用リーフレット(義務化のお知らせ)
- 厚生労働省 スタートガイド(小規模な事業場向け)
- 厚生労働省 集団分析についてのリーフレット
- 厚生労働省 50人未満の事業者向けのまとめページ
- e-Gov法令検索 労働安全衛生法(第12条の2・第13条・第66条の10・附則 第4条)
- e-Gov法令検索 労働安全衛生法施行令(第2条・第3条・第5条)
- e-Gov法令検索 労働安全衛生規則(第12条の2・第52条の9から第52条の21)
- こころの耳(厚生労働省)小さな事業場のストレスチェック
事務長AIなら、ここが変わります
ストレスチェックそのものは、外部に委託する仕事です。事務長AIが代わりに検査をするわけではありません。医院の側には、その前後の事務が残ります。誰を実務担当者にしたか、いつ実施したか、次はいつか。面接指導があったとき、医師の意見をどう受けて何をしたか。事務長AIでは、こうした決めごとをマニュアルに置き、やることを期限つきのタスクとして持てます。スタッフへのアンケートや面談の記録も、同じ場所にまとまります。

