給料日の前に、明細を印刷して封筒に入れる。休みのスタッフの分は、机の引き出しにしまっておく。給与計算の最後のひと手間を、院長が夜にやっていないでしょうか。
先に結論を書きます。居住者のスタッフに国内で払う給与の明細は、所得税法でスタッフに渡すことが決まっています。メールやWebでの電子交付に切り替えることはできますが、あらかじめスタッフの承諾を得ることが条件です。承諾をもらったあとでも、スタッフから請求があれば紙で渡します。
この記事では、条文と国税庁のQ&Aを横に置いて、切り替えるときに決めることを順に並べます。
給与明細は、法律で渡すと決まっている書類
根拠は所得税法の第231条第1項です。居住者に対して国内で給与等を支払う者は、金額などを記載した支払明細書を、支払を受ける人に交付しなければなりません。居住者であるスタッフに、医院が国内で給与を払うときの明細が、これに当たります。
書く事項は、所得税法施行規則の第100条第1項が定めています。支払の際に、次の4つを書いた明細書を渡します。
| 号 | 書くこと |
|---|---|
| 第1号 | その回に支払う給与等の金額 |
| 第2号 | その給与等から源泉徴収した所得税の額(第222条で差し引いた金額も含む) |
| 第3号 | 第191条(過納額の還付)で還付した金額 |
| 第4号 | 租税特別措置法 第41条の3の7第3項の給与特別控除額のうち、実際に控除した金額 |
明細書を渡さなかったとき、偽りを書いて渡したとき、電子で偽りの事項を提供したときは、第242条第7号により、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象です。
保険料についても、別の決まりがあります。健康保険・厚生年金の保険料を給与から控除したときは、保険料の控除に関する計算書を作り、控除額をスタッフに通知します(健康保険法第167条第3項、厚生年金保険法第84条第3項)。労働保険料のうちスタッフの負担分を賃金から控除したときも、労働保険料控除に関する計算書を作り、控除額を知らせます(労働保険の保険料の徴収等に関する法律第32条第1項)。この記事で扱う承諾の仕組みは、所得税法の支払明細書についてのものです。これら3つの条文には通知の方法が書かれていないので、保険料の通知まで電子の明細でまかなうつもりなら、年金事務所や労働局に確かめてください。
なお、医院の側で賃金台帳などを何年置くかは、歯科医院のカルテ保存期間は5年 ── 診療録・帳簿・技工指示書、何を何年 置くかに一覧にしました。この記事は、スタッフに渡すほうの話です。
電子にするための条件
所得税法第231条第2項は、明細書を交付する代わりに、スタッフの承諾を得て、書く事項を電磁的方法で提供できるとしています。そうした場合は、明細書を交付したものとみなされます(同条第3項)。条件を、条文ごとに分けて見ていきます。
① あらかじめ方法を示して、承諾を得る
所得税法施行令の第356条第1項により、電子で提供しようとするときは、あらかじめ、使う電磁的方法の種類と内容をスタッフに示し、書面か電磁的方法で承諾を得ます。示す事項は、施行規則第100条第4項が準用する第95条の2第1項にあり、次の2つです。
- 医院が使う方法。第92条の2第1項が並べている方法は、通信回線で送って、相手(または相手が契約してファイルを置いている先)のコンピュータのファイルに記録する方法、通信回線を通じて閲覧できるようにする方法、ディスクなどに記録して渡す方法です
- データを受け取る側のファイル(受信者ファイル)に記録する方式
② 返事が無いときに承諾とみなすこともできる
施行規則第95条の2第2項(第100条第4項で準用)には、次の仕組みがあります。医院が決めた期限までに承諾しない旨の回答が無ければ承諾があったものとみなす、と先にスタッフへ通知します。期限までに回答が無かったときは、承諾を得たものとみなされます。
期限の長さは、法令に定めがありません。国税庁は、回答に必要な期間を十分に見積もるようお願いしています(電子交付Q&A 問8)。通知の方法にも法令の定めはなく、スタッフに確実に通知することを前提に、メールや書面などの適宜の方法でよい、としています(問9)。就業規則などへの記載も、法令上は特に求められていない、と答えています(問9)。
ただし、このみなし承諾は、退職手当等の支払明細書には使えません(問2)。退職金の明細を電子にするなら、スタッフから承諾をもらいます。
③ 画面で見られて、紙に出せる形にする
使う方法は、施行規則第92条の2第2項の基準に合っている必要があります。
- 第1号:受信者ファイルに記録された内容を、スタッフが画面に表示でき、紙に出力できるようにしておく
- 第2号:通信回線を使う方法では、受信者ファイルに記録する旨か、記録した旨をスタッフに通知する。ただし、スタッフ本人が使うコンピュータの受信者ファイルに記録する方法は、この通知の対象から外れている。スタッフが閲覧していたことを確認したときも、通知しなくてよい
通知の方法は法令に定めがなく、メールや書面などでよい、と国税庁は答えています(問10)。印刷については、医院が出したデータを印刷できるかを医院が確かめていればよく、スタッフがプリンターを持っているかまで確かめる必要はない、としています(問13)。
データを書き換えられないようにする措置は、医院とスタッフの間では法令上求められていません。ただ、受け取った側で書き換えやすいという面があるため、国税庁は電子署名を付けて電子証明書を添付することを勧めています(問4)。
④ 請求されたら紙で渡す。やめたいと言われたら電子をやめる
承諾を得ていても、スタッフから請求があるときは、紙の明細書を渡さなければなりません(所得税法第231条第2項ただし書)。紙で渡す明細書にも、施行規則第100条第1項の4つの事項を書きます(同条第5項)。正当な理由なく請求を拒んだとき、その紙の明細書に偽りを書いて渡したときは、第242条第8号により、先ほどと同じ罰則の対象です。請求の方法は決まっておらず、メールや書面などでよい、と国税庁は答えています(問14)。
請求とは別に、スタッフが書面か電磁的方法で、電磁的方法による提供を受けない旨を申し出ることもできます。申出があったら、そのスタッフには電子で提供してはいけません。もう一度承諾をもらえば、電子に戻せます(施行令第356条第2項)。
今日からできること ── 承諾の文面を用意する
承諾をもらうときの記載事項や書式は、法令に定めがありません(問5)。国税庁は例として、次のような事項を示したうえで、承諾する旨・承諾日・氏名などを入力か記入してもらう方法が考えられる、としています。
- 電子にする書類の名前(給与等の支払明細書か、給与所得の源泉徴収票か、の別など)
- 方法の種類と、具体的なやり方(メールならアドレス、閲覧なら掲載するページのアドレスや閲覧のしかた、ディスクなら媒体の種類など)
- 受信者ファイルへの記録の方法(PDF形式など)
- 交付の予定日(給与の支給日に交付、など)
- 交付を始める日
- その他、参考になる事項
源泉徴収票も、所得税法第226条第4項により、承諾を得て電子で提供できます。こちらも、請求があるときは紙で渡します(同項ただし書)。明細と一緒に切り替えるなら、上の「書類の名前」に両方を書いておくと、あとで何に承諾をもらったかで迷いません。
ここからは法令やQ&Aにある事項ではなく、院内で困らないための私の工夫です。文面の最後に、紙を請求するときと、電子をやめたいときの連絡先(院長か、事務の担当か)を書いておきます。もらった承諾書と、あとから来た請求や申出は、スタッフごとに同じ場所へ置きます。
切り替えは、全員そろって行う必要はありません。条文は、一人ひとりの承諾・請求・申出で扱いが決まる組み立てなので、承諾したスタッフには電子、紙を望むスタッフには紙、と混ざってかまわない、と私は読んでいます。
それでも残る面倒
電子にしても、承諾の管理は続きます。新しく人を雇うたびに承諾をもらい、紙の請求や、電子をやめたいという申出があれば、そのスタッフの扱いを変えます。誰が電子で誰が紙かを、給料日の前に確かめることになります。保険料の控除に関する計算書と控除額の通知は別の法律の話なので、明細の形を変えるときは、確かめる先も増えます。
まとめ
- 給与明細は所得税法第231条でスタッフに渡す書類。書く事項は施行規則第100条にある
- 電子にするには、あらかじめ方法を示して、書面か電磁的方法で承諾を得る(施行令第356条)
- 給与等の明細は、期限を決めて先に通知する「みなし承諾」も使える。退職手当等の明細には使えない
- 画面に表示でき、紙に出力できる形にする。通信回線を使う方法では、記録した旨などを通知する(例外あり)
- 承諾のあとも、請求があれば紙で渡す。電子をやめる申出があれば、電子では出さない
根拠にした法令と国税庁のQ&A
- 所得税法(e-Gov法令検索)
- 所得税法施行令(e-Gov法令検索)
- 所得税法施行規則(e-Gov法令検索)
- 国税庁 給与所得の源泉徴収票等の電磁的方法による提供(電子交付)に係るQ&A
- 健康保険法(e-Gov法令検索)
- 厚生年金保険法(e-Gov法令検索)
- 労働保険の保険料の徴収等に関する法律(e-Gov法令検索)
事務長AIなら、ここが変わります
事務長AIは、雇用契約(賃金の条件を含む)をスタッフごとに持ち、勤怠・シフト・有給と同じ中で扱います。誰にどんな条件で払っているかを、紙の控えを探さずに見返せます。院内に決まりを配るお知らせと、マニュアルの置き場所も同じ中にあります。

