求人を出しても応募が来ない。来ても、1年経たずに辞めてしまう。歯科衛生士の採用は、多くの医院にとって最大の悩みです。
先に結論を書きます。全国調査で、歯科衛生士が職場に求めていることの上位は、待遇改善のほかに「専門性・資格等の評価」「福利厚生」「教育研修の機会」「多様な勤務形態」が並びます。給与だけの勝負ではありません。そして、これらはどれも紙に書いて示せるものです。
以下、公表されている調査の数字と、その数字の限界も含めて書きます。
まず、母数を知る
厚生労働省の衛生行政報告例によると、令和6年末に歯科衛生士として働いていた人は149,579人。令和4年末の145,183人から、2年で4,396人ふえました。このうち診療所で働く人が135,499人、割合にして90.6%を占めます。
出典:日本歯科衛生士会(公益社団法人)が令和6年衛生行政報告例をもとにまとめた「就業者数(厚生労働省調べ)」
人数そのものは減っていません。それでも採用が難しいのは、9割が診療所で働いていて、その診療所同士で取り合っているからです。だからこそ、隣の医院と何が違うのかを説明できるかどうかが効いてきます。
何に不満を持っているのか(全国調査から)
日本歯科衛生士会は5年ごとに「歯科衛生士の勤務実態調査」を行っています。第10回調査は令和6年9月30日〜11月30日に実施され、会員15,177人のうち5,385人が回答しています(回収率35.5%)。
設問は「現在の職場で改善してほしいこと」(Q22)。回答者4,926人のうち、その項目を「はい」とした人の割合です。13項目あるうちの上位7項目を抜粋し、参考として8位以下も一部を添えます。
| 「はい」の割合 | 改善してほしいこと |
|---|---|
| 78.6% | 待遇改善(ベースアップ・定期昇給等) |
| 65.8% | 専門性・資格等の評価 |
| 57.6% | 福利厚生の充実 |
| 52.5% | 教育研修等、レベルアップの機会の充実 |
| 47.2% | 雇用の安定性の確保 |
| 46.6% | 多様な勤務形態・勤務時間の導入 |
| 45.4% | 業務量の軽減 |
| 38.8% | 院長等、職場の人間関係 |
| 36.1% | 休暇の取得 |
| 31.5% | 労働時間の短縮 |
歯科衛生士が「改善してほしい」と答えたこと(上位7項目)
回答者4,926人。13項目のうち上位7項目です。
出典:日本歯科衛生士会(公益社団法人)が令和7年3月に公表した「第10回 歯科衛生士の勤務実態調査 報告書」図4-2
また、実際に勤務先を変わった人の変更理由(図4-11)の上位は、出産・育児33.8%、経営者との人間関係33.2%、結婚32.4%、給与・待遇32.3%でした。
※ これから「替えたい」と考えている人の理由(図4-15)は別に集計されており、そちらは給与・待遇46.5%が1位です。
出典:日本歯科衛生士会(公益社団法人)が令和7年3月に公表した「第10回 歯科衛生士の勤務実態調査 報告書」図4-2、図4-11
この数字の限界も書いておきます
この調査は日本歯科衛生士会の会員が対象です。報告書自身が、回答者の構成は衛生行政報告例と違うと述べています。
- 回答者のうち50歳以上が58.2%。衛生行政報告例の26.4%の2倍以上。
- 回答者の勤務先は診療所が43.0%。衛生行政報告例では90.1%(令和4年)。
つまりこの数字は、診療所で働く20代・30代の衛生士の実態そのものではありません。傾向を読む材料として使うのが正しい使い方です。「調査で〇%だから、うちのスタッフもそう思っている」とは言えません。自院のスタッフに聞くほうが確実です。
給与を上げる前に、書いて示せる3つ
1. 評価の基準を紙にする(「専門性・資格等の評価」65.8%)
2番目に多いのが、給与額そのものではなく評価だという点は見過ごせません。何ができるようになったら、何が変わるのか。それが本人に分からないまま働いていると、「ここにいても同じ」という結論になります。
作るのは立派な人事制度ではなく、A4で1枚です。「できること」を3段階か4段階に分け、それぞれで任せる仕事と手当を書く。学会や認定資格を取ったときにどう扱うかも1行入れる。これだけで、面接での説明が変わります。
2. 勤務形態の選択肢を作る(「多様な勤務形態」46.6%)
転職理由の1位は出産・育児(33.8%)、3位は結婚(32.4%)でした。辞める理由の多くは、医院への不満ではなく生活の変化です。週5日フルタイムしか用意していない医院は、この段階で必ず失います。
週3日、午前のみ、学校行事の日は休める。選択肢を先に用意して求人票に書いておくと、生活が変わったときに「相談してみよう」となります。用意がないと、相談ではなく退職の申出になります。
3. 休暇を、制度として回す(「休暇の取得」36.1%)
年次有給休暇は、法定の付与日数が10労働日以上の人について、基準日から1年以内に5日は、労働者ごとに時季を定めて与えることが使用者の義務です(労働基準法第39条第7項)。これは最低ラインであって、医院の魅力ではありません。まずここを確実にやったうえで、シフトの組み方で上積みします。くわしくは歯科医院の有給管理、法定どおりにできていますかに書きました。
採用のときに、あとの揉め事が決まる
2024年4月から、労働条件の明示ルールが変わりました。すべての労働者に対して、労働契約の締結時と有期労働契約の更新時に、就業場所・従事すべき業務の「変更の範囲」を明示することが必要になっています(労働基準法施行規則第5条の改正)。2024年4月1日以降に締結する労働契約から適用されます。
出典:厚生労働省「2024年4月から労働条件明示のルールが変わります」(厚生労働省のページ)/条文は労働基準法施行規則第5条第1号の三
分院がある医院、これから増やす予定のある医院は特に関係します。「将来的に他の医院に異動の可能性があるのか」を採用時に書いておかないと、あとで「聞いていない」になります。逆に、異動がないなら「ない」と書くほうが、応募者にとっては安心材料になります。
それでも残る面倒
- 面談の記録が残らない。半年前に何を話し、何を約束したかが分からないと、評価の基準を作っても運用できません。
- スタッフの声を集める手段がない。全国調査より、自院のスタッフに聞いたほうが確実です。ただ、院長が直接聞くと本音は出にくい。
- 雇用契約の内容が散らばる。誰が何時間、どの条件で働いているかが1か所にないと、勤務形態の選択肢を設計できません。
まとめ
- 就業歯科衛生士は令和6年末で149,579人。9割が診療所勤務で、診療所同士の取り合いになっている。
- 職場に求めることの上位は、待遇改善(78.6%)に続いて専門性の評価(65.8%)、福利厚生(57.6%)、教育研修(52.5%)。
- 転職理由の上位は出産・育児と結婚。不満ではなく生活の変化で辞める。選択肢を先に用意しておく。
- ただしこの調査は会員が対象で、50歳以上が6割近く。自院のスタッフに聞くのがいちばん確実。
- 2024年4月から、就業場所・業務の「変更の範囲」の明示が必要。分院がある医院は採用時に確認する。
事務長AIなら、ここが変わります
「採用」「雇用契約書」「評価・面談」「教育・研修」「勤怠」「シフトを組む」「有給管理」が、人事労務のまとまりに並びます。誰がどの条件で働いているか、前回の面談で本人が言ったことと次の面談の予定が残るので、評価の基準を作ったあとの運用が続きます。昇給と賞与を決める「昇給・賞与」には、その人の欠勤・遅刻・早退と、直近の面談でした約束が並びます。なぜその額かを、あとから説明できます。スタッフに配るアンケートの機能は、いまはありません(「患者満足度」は患者さん向けの匿名アンケートです)。自院の声は「評価・面談」に、一人ひとりの言葉として残す形になります。

