スタッフは何人ですか。そう聞かれて、その場で言い切れるでしょうか。常勤の衛生士、パートの助手、土曜だけ入る受付。どこまでを数に入れるかで、答えは変わります。
就業規則を作って届け出る義務が生まれるのは、常時10人以上の労働者を使用する事業場です(労働基準法第89条)。常時10人未満、たとえば9人なら、この義務は生まれません。10人になった時点で生まれます。
この記事では、その10人をどう数えるのか、超えたら何をするのか、義務のない医院が作ると何が変わるのかを、条文と行政の説明で並べます。
義務が生まれるのは、その医院で常時10人以上になったとき
就業規則を作り、行政官庁へ届け出る。これを求めているのが労働基準法第89条で、掛かるのは、常時10人以上の労働者を使用する使用者です。新しく作ったときだけではありません。中身を変えたときも同じです。
届け出る先は、所轄の労働基準監督署長です。労働基準法施行規則第49条は、常時10人以上を使用するようになった場合には、遅滞なく届け出るよう定めています。あわせて、添える意見書には労働者を代表する者の氏名を書くことも、同じ条に置かれています。
出典:労働基準法(e-Gov法令検索)/労働基準法施行規則(e-Gov法令検索)
罰則もあります。第89条に違反した者は、30万円以下の罰金です(第120条第1号)。この号には、意見を聴かなかった場合の第90条第1項、減給の制裁の上限を超えた場合の第91条、周知を怠った場合の第106条も、ほかの条とともに並んでいます。届けていないことだけが咎められるわけではない、ということです。
36協定との違いも、先に書いておきます。36協定は残業をさせるために結ぶ労使の約束で、様式第9号という決まった用紙があります。就業規則は医院のルールそのもので、決まった用紙はありません。36協定の出し方は別の記事に分けてあります。
常時10人以上の数え方で、歯科医院がつまずくところ
歯科医院の顔ぶれは、院長、歯科医師、衛生士、助手、受付と並びます。ここに短時間のパートが加われば、10人という線に届きます。届いているかどうかを決めるのが、次の数え方です。
石川労働局が出している就業規則のFAQに、この数え方の問答が並んでいます。歯科医院に関わる部分を抜いて、表にしました。
| 迷うところ | 行政の説明 |
|---|---|
| パート・アルバイトは数に入るか | 入ります |
| 勤務時間がごく短い人ばかりでも同じか | 同じです。雇用の形や勤務時間には関係しません |
| その日に出勤している人数で数えるのか | 出勤者の数ではなく、常態として雇っている人数で見ます |
| 分院があるとき、全体で足すのか | 原則として足しません。事業場ごとに数えます |
| 一時的に増えて10人を超えた | 期間を決めて雇った人が抜ければまた10人未満に戻る、という形なら、常時10人以上に当たらない場合があります |
分院があるときの数え方を、もう少し具体的に。事業場は場所で切って考えるため、本院と分院は原則としてそれぞれ別に数えます。本院も分院もそれぞれ10人に届いていなければ、法人ぜんたいの合計が10人を超えていても、どちらの医院にも作成・届出の義務は生まれません。逆に、片方だけが10人に届けば、その医院に義務が生まれます。
院長ご自身は、数に入るのか
9人か10人かで結論が変わります。労働基準法第9条は、労働者を、事業に使用される者で賃金を支払われる者、と定めています。
個人立の医院で、院長はご自身に雇われているわけではありません。ここから、個人立の院長は数に入らない、と私は読んでいます。ただしこれは条文を読んだ私の解釈で、そう書いた一次資料までは確かめられていません。医療法人の理事長や理事は、さらに扱いが分かれます。境目にいる医院は、所轄の労働基準監督署に電話で聞いてしまうのが確実です。
作って届け出るとき、何が要るか
書く中身は第89条に並んでいます。かならず書くものと、その定めを置く場合にだけ書くものに分かれます。
かならず書くもの(第89条の第1号・第2号・第3号)
- 始業と終業の時刻、休憩、休日、休暇。交替で入る形をとっているなら、その入れ替わり方
- 給与の決め方と計算、支払いの方法、締め日と支払日、それに昇給のこと
- 退職のこと。解雇の理由も、ここに含まれます
そのほか、退職金、賞与や最低賃金額、スタッフに負担させるもの、安全と衛生、職業訓練、災害補償、表彰と制裁について定めを置くなら、その内容も書きます。
第89条は最後の号で、その事業場のすべての労働者に当てはまる定めを置く場合はそれも、と続けています。つまり、ここに挙げたもので打ち止め、とは条文が言っていません。自院にしかない決めごとがあるなら、それも書く対象になり得ます。
出す前に、ひとつ手続きがあります。第90条は、作るときも変えるときも、その事業場のスタッフの過半数を代表する者の意見を聴くことを求めています(過半数で組織する労働組合があれば、その組合)。そして、その意見を書いた書面を届出に添えます。第90条に書かれているのは、意見を聴くことです。同意を得ること、とは書かれていません。
出典:栃木労働局 就業規則の作成・変更・届出の義務(第89条、第90条、第92条)
届出に、決まった用紙はない
厚生労働省の主要様式ダウンロードコーナーは、就業規則の届出について、定型の申請書様式は無い、としています。案内されているのは、使用者の氏名、事業所の所在地と名称などを任意の用紙に書いて提出する、というやり方です。ページには様式例のWordファイルが置かれています。36協定のように番号の付いた様式を探しても、見つかりません。
中身のほうは、白紙から書き起こす必要はありません。厚生労働省がモデル就業規則を公開しています。いま置かれているのは令和7年12月版で、規程例に解説が付いています。同省のスタートアップ労働条件には、項目を入力していくと就業規則の形になる作成支援ツールもあります。
届出は、窓口や郵送のほか、電子申請でもできます。厚生労働省は、36協定、1年単位の変形労働時間制の協定、そして就業規則の届出について、労働条件のポータルサイトから電子申請ができるようになった、と案内しています。分院がいくつかある法人には、一定の要件を満たせば、本社で一括して届け出る道もあります。ただし一括で出す場合は、一括届出事業場一覧作成ツールに必要事項を書き、そのツールで作ったCSVファイルを添えて申請する必要がある、と同じページに書かれています。
出典:厚生労働省 主要様式ダウンロードコーナー(労働基準法等関係主要様式)/厚生労働省 モデル就業規則について/厚生労働省 労働基準法等の規定に基づく届出等の電子申請について
9人の医院が、それでも作る場合に効くこと
9人の医院に、労働基準法第89条の作成・届出の義務は生まれません。ただし、石川労働局のFAQは、この点をはっきり書いています。法令上の義務がない場合であっても、就業規則を作ることが望ましいのは言うまでもない、という書き方です。就業規則は働くうえでのルールだから、というのが理由として添えられています。
では、作ると何が変わるのか。条文で見ます。
ひとつめは労働契約法第7条です。働くときの条件が就業規則に定めてあり、その中身に無理がなく(条文の言葉では合理的で)、スタッフに周知させていた場合には、雇用契約の中身はその就業規則のとおりになる、という条文です。ただし、同じ第7条にはただし書きがあります。スタッフと医院が就業規則と違う条件で合意していた部分については、この限りでない、とされています(第12条に当たる場合を除く)。
この条文には、人数の条件が書かれていません。ここから、9人の医院が作った就業規則にもこの条文は働く、と私は読んでいます。ただし、中身に無理がないかどうかは、突き詰めれば裁判所が判断する部分です。作れば必ずそのとおりになる、とまでは言えません。
ふたつめは労働契約法第12条です。就業規則で決めた基準に届かない労働条件を定めた労働契約は、その部分が無効になり、就業規則の基準に置き換わります。個別に交わした雇用契約書と就業規則がずれていたとき、下回っているほうが効かなくなる、ということです。裏を返せば、就業規則の基準を引き上げると、それを下回っていた契約のほうが引き上げた基準に置き換わります。第12条を読むかぎり、そうなります。書くときに軽い気持ちで盛らないほうがよい理由が、ここにあります。
減給については、労働基準法第91条が上限を決めています。就業規則で減給の制裁を定める場合、1回の額は平均賃金の1日分の半額まで、総額は一つの賃金支払期の賃金総額の10分の1まで、と書かれています。条文がここで決めているのは、この上限です。
出典:労働契約法(e-Gov法令検索)/労働基準法(e-Gov法令検索)
引き出しにしまった就業規則は、周知したことにならない
作ったあとに、もうひとつ要ることがあります。労働基準法第106条第1項は、就業規則をスタッフに周知させることを使用者に求めています。労働基準法施行規則第52条の2は、その方法として、各作業場の見やすい場所への掲示または備え付け、書面の交付、そして記録したファイルを置いて各作業場に常時確認できる機器を設置すること、を挙げています。
院長室の引き出しに入っている就業規則は、ここに挙げられたどれにも当たりません。そして先ほどの労働契約法第7条も、周知させていた場合、という条件を置いています。作って届け出て、そこで止まると、決めたルールが雇用契約の中身にならないおそれがあります。スタッフルームの棚に置いて、いつでも見られるようにしておく。
それでも残る面倒
就業規則は、作って終わりにできる書類ではありません。
変えるたびに、その都度 届け出る。石川労働局のFAQは、変更はその都度 遅滞なく所轄労働基準監督署長へ届け出ることが必要なので、一定期間ぶんをまとめて届け出ることはできない、と答えています。始業を少し動かした、手当を新しく作った。そのたびに意見を聴いて、書面を添えて、監督署へ。
別冊にした規程も、届出が要る。退職金の規程、育児・介護休業の規程などを別冊にしているなら、それが就業規則の一部である場合は届出が必要だ、と同じFAQにあります。本体だけを出して終わりにすると、別冊のぶんが残ります。逆に、出さなくてよいものもあります。同じ答えの後半にあるのは、そもそも届出の義務がない労使協定──年次有給休暇の計画的付与のもの、賃金控除のもの──は、就業規則の一部としては届け出なくてよい、という話です。別冊ならすべて要る、というわけではありません。
ただし、変更が一部なら全部を出し直さなくてよい。変更した箇所と内容が明らかになる書類を添付するだけでもよい、という答えが同じFAQにあります。新旧条文対照表や、新旧の該当ページの写しが例として挙げられています。
法律が変わるたびに、見直しが要る。モデル就業規則も改訂が続いています。令和7年12月版では、地方議会や国会の議員に立候補するときの休暇について、規程例が加わりました。なお、労働基準法第92条は、就業規則は法令や、その事業場に適用される労働協約に反してはならない、と定めています。反しているものについては、行政官庁が変更を命じることができる、とも書かれています。
有給の年5日の時季指定(労働基準法第39条)を就業規則にどう書くかは、有給管理の記事で扱っています。あちらは有給そのものの運用、この記事は就業規則という書類の作り方と届け方、という分け方です。
出典:石川労働局 就業規則作成・届出に関するFAQ/厚生労働省 モデル就業規則について/労働基準法(e-Gov法令検索)
まとめ
- 作成と届出の義務が生まれるのは、常時10人以上の労働者を使用する事業場から(労働基準法第89条)
- 数えるのは医院ごと。パートも、勤務時間の短い人も入る。その日の出勤者ではなく、常態として雇っている人数で見る
- 10人以上になったら遅滞なく、意見書を添えて所轄の労働基準監督署長へ(労働基準法施行規則第49条)。届出に定型の様式はない
- 9人なら第89条の義務は生まれない。ただし作って周知すれば、労働契約法第7条・第12条が働く余地がある
- 引き出しにしまったままの就業規則は、周知したことにならない
この記事は、条文と、厚生労働省・労働局が公開している説明に書かれていることを並べたものです。自院が常時10人以上に当たるかどうかの最終的な判断は、所轄の労働基準監督署、または顧問の社会保険労務士にご確認ください。
読んだ条文と行政の資料
- 労働基準法(e-Gov法令検索)
- 労働基準法施行規則(e-Gov法令検索)
- 労働契約法(e-Gov法令検索)
- 厚生労働省 モデル就業規則について
- 厚生労働省 主要様式ダウンロードコーナー(労働基準法等関係主要様式)
- 厚生労働省 労働基準法等の規定に基づく届出等の電子申請について
- 厚生労働省 スタートアップ労働条件 就業規則作成支援ツール
- 厚生労働省 労働基準法に関するQ&A 就業規則の届出
- 石川労働局 就業規則作成・届出に関するFAQ
- 栃木労働局 就業規則の作成・変更・届出の義務(第89条、第90条、第92条)
- 高知労働局 就業規則の作成・変更・届出
事務長AIなら、ここが変わります
いま何人が在籍しているのかは、雇用契約の一覧を開けばその場で分かります。事務長AIは、雇用契約とシフト、勤怠、有給をひとつの中に持ちます。パートを含めた在籍者の数も、契約の中身も、書類を探さずに出てきます。決めたルールをスタッフに配るお知らせと、マニュアルの置き場所も、同じ中にあります。

