分院を出した院長から、同じ相談をよく受けます。「全体では黒字なんですが、どちらが稼いでいるのか分からない」。これは分院が増えたせいではありません。数字の物差しが1本になっていないからです。医院が2つになると、これまで気にならなかった「どこに何を入れるか」の曖昧さが、そのまま見えなくなる形で出てきます。この記事では、何が起きているのかと、最初に決めておくべきことを整理します。
見えなくなる理由は、だいたい3つ
理由1:費用が本院にまとまってしまう
分院を出した直後は、効率のために本院がまとめます。
- 材料をまとめて仕入れて、分院に配る
- 技工物の窓口を本院に置く
- 衛生士が両院を行き来する
- 請求書の宛先が、全部 本院になっている
まとめること自体は正しい判断です。問題は、まとめた後に分け戻していないことです。こうなると本院は費用が多く、分院は少なく見えます。分院のほうが儲かっているように見えて、実態はその逆ということが起こります。
理由2:法人化で「院長の報酬」の扱いが変わる
ここは影響が大きいところです。国の統計にも、はっきり注記が付いています。
第25回医療経済実態調査には、個人立の歯科診療所と保険薬局についての注記が付いています。損益差額を計算するとき、開設者(院長等)の報酬にあたる部分は費用に入っていない。そうしたことなどから、「損益率」は医療法人(または法人)と比べて数値の上で高く出る、という内容です。調査は理由を1つに絞らず「こと等から」と書いています。
この調査は、厚生労働省の「医療経済実態調査(医療機関等調査)」のページによると2年に1回 実施されるもので、歯科診療所も対象に含まれています。その第25回の、令和6年度の歯科診療所の損益率は次のとおりです。
| 開設の形態 | 損益率(平均値) | 損益率(中央値) |
|---|---|---|
| 医療法人 | 5.5% | 3.4% |
| 個人 | 27.6% | 26.4% |
歯科診療所の損益率(令和6年度)
棒の長さは、この図の中だけの目盛りで描いています(作図上のもので、出典の数字ではありません)。
出典:第25回医療経済実態調査(厚生労働省・中央社会保険医療協議会/令和7年11月26日)
5.5%と27.6%。5倍の開きがあります。でもこれは「医療法人のほうが儲かっていない」という意味ではありません。個人立では院長の取り分が費用に入っていないので、そのぶん残りが大きく見えているだけです。調査自身がそう書いています。
個人立から医療法人になって分院を出した院長が、「法人にした途端に利益が消えた」と感じることがあります。その正体が、この数え方の違いです。もうけが減ったのではなく、数え方が変わった。ここを取り違えたまま経費を削りにいくと、削らなくていいものを削ることになります。
理由3:平均で話してしまう
上の表をもう一度見てください。医療法人の損益率は平均5.5%、中央値3.4%です。平均のほうが2ポイント以上 高い。これは、一部の医院が全体の平均を引き上げているということです。
2つの医院を合算した数字も、これと同じことが起きます。片方が好調だと、もう片方の不調が平均に隠れます。合算の数字は、経営が順調に見えるようにできています。
最初に決める3つ
難しいことはしません。決めて、変えない。それだけです。
- 費目の名前を全院で揃える。本院の「材料費」と分院の「消耗品費」に同じものが入っていると、永久に比べられません。まずは名前を統一します
- 共通費の配り方を決める。ユニット数で割る、売上で割る、スタッフ数で割る。どれでも構いません。大事なのは決めた後に変えないことです。配り方を毎年変えると、去年との比較が消えます(第25回医療経済実態調査で項目の立て方が変わり、4年ぶんを一続きで読めなくなったのと同じことです)
- 締め日を揃える。たとえば本院は月末、分院は25日、というように締め日がずれていると、いつまでも数字が合いません(日付は何日でも構いません。揃っていることが大事です)
2の「配り方」には、正解がありません。正しい配分より、動かない配分のほうが役に立ちます。去年と比べられることのほうが、精度より価値があるからです。
分院ごとに必ず分ける数字
全部を分けようとすると挫折します。この5つだけ分ければ、判断はできます。
| 数字 | なぜ必要か |
|---|---|
| 売上(保険と自費を分けて) | 分院ごとに診療の中身が違う。混ぜると気づけない |
| 人件費 | 歯科診療所では費用のいちばん大きい部分。医療法人立の平均で給与費が49.1%(第25回医療経済実態調査・令和6年度) |
| 材料費・技工料 | まとめ仕入れをしているほど、分け戻す価値が大きい |
| ユニット1台あたりの売上 | 規模が違う医院を比べられる唯一の形 |
| 常勤換算の人数 | 行き来している人を数えられる形にする |
とくに「ユニット1台あたり」は、分院を持ったら必ず持っておきたい物差しです。チェアが5台の本院と3台の分院を、売上の絶対額で比べても何も分かりません。
今日からできること
- 費目の一覧をA4 1枚に書き出し、両院の受付に同じものを貼る
- 納品書に、どちらの医院で使うかを書き込む欄をつくる(判子でも手書きでもいい)
- 共通費の配り方を決めて、日付を入れて紙に残す。「◯年◯月から、ユニット数で配る」という書き方でかまいません(例:「2026年9月から、ユニット数で配る」)
- 月末に、医院ごとの売上とユニット数だけをノートに書く。まずはこの2つで十分です
それでも残る面倒
- 請求書が本院宛にまとまって届くので、分けるのが手作業になる
- スタッフが両院を行き来した日を、後から思い出せない
- MS法人がある場合、お金の流れがもう1本 増える
- 分院長に数字を見せたいが、他院の金額までは見せたくない
まとめ
- 分院を出すと数字が見えなくなるのは、物差しが1本になっていないから
- 費用が本院にまとまったまま、分け戻されていないことがある
- 法人化で損益率の見え方が変わる。国の統計でも医療法人5.5%・個人27.6%と差が出るが、これは数え方の違い(調査自身が注記)
- 合算と平均は、不調な側を隠す。医院ごとに分けて見る
- 費目の名前・共通費の配り方・締め日。この3つを決めて、変えない
あわせて読む
事務長AIなら、ここが変わります
法人・複数医院・MS法人に最初から対応しています。費目と商品マスタを法人で共通にしたまま、売上・自費率・材料費率を医院ごとと法人ぜんたいの両方で見られます。権限で金額を隠せるので、分院長には自院の数字だけを見せる、といった渡し方ができます。なお、レセコンとは直結しておらず、売上はCSVで取り込む形です。

