歯科医院に36協定は必要か、週44時間の特例と届け出

歯科医院に36協定は必要か ── 週44時間の特例と届け出の手順

法定の労働時間を超えて残業させる、または法定の休日に出勤させるなら、36協定(サブロク協定)という書面を、先に労働基準監督署へ出しておく必要があります。医院の規模は関係ありません。そして歯科医院には、多くの院長がご存じない「週44時間」という特例があります。この記事では、その特例と、特例が消える場合と、届け出までに決めることを順に整理します。

目次

36協定が要るのは、法定労働時間を超えるとき

労働基準法は、働かせてよい時間の上限を決めています。休憩を除いて1週間に40時間、1日に8時間まで(労働基準法第32条・e-Gov法令検索)。これを法定労働時間といいます。休日についても、毎週少なくとも1回、または4週間で4日以上を与えることが同法第35条で決まっています。これが法定休日です。

この線を超えて働かせたい場合、または法定休日に出勤させたい場合は、労働者の過半数を代表する人と書面で協定を結び、労働基準監督署長に届け出ることになっています。これが労働基準法第36条にあるので、36協定と呼ばれています(厚生労働省 スタートアップ労働条件)。時間外労働と休日労働は、どちらもこの1枚がないとさせられません。

大事なのは順番です。厚生労働省の案内は、時間外労働をさせる場合には「あらかじめ」協定を結んで届け出なければならない、と書いています(厚生労働省 確かめよう労働条件)。残業が発生してから出すものではなく、発生する前に出しておくものです。

届け出をせずに法定労働時間を超えて働かせた場合、労働基準法第32条の違反にあたります。同法第119条は、これに該当する者を6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金と定めています(労働基準法第119条・e-Gov法令検索)。ここは脅すつもりで書いているのではなく、出しさえすれば済む話だ、という意味で書いています。

歯科医院には「週44時間」の特例がある

ここが、歯科医院にとっていちばん実務に効くところです。

商業・映画演劇業(映画の製作の事業を除く)・保健衛生業・接客娯楽業のうち、常時10人未満の労働者を使う事業場は、1週間の法定労働時間が44時間になります。労働基準法第40条を受けた労働基準法施行規則第25条の2による特例で、特例措置対象事業場と呼ばれます(労働基準法施行規則・e-Gov法令検索)。ここでいう保健衛生業は、労働基準法別表第一の第13号、病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業です(労働基準法 別表第一・e-Gov法令検索)。厚生労働省も、週44時間になる業種のひとつとしてこの事業を挙げています(厚生労働省 スタートアップ労働条件 36協定について)。歯科診療所は病者の治療を行う事業ですから、条文の言葉のうえでは、ここに入ります。

つまり、常時10人未満の歯科医院なら、1週間の上限は40時間ではなく44時間として計算できます。土曜日の午前診療がある医院では、この4時間の差がそのまま効きます。

  • 1日8時間の上限は変わりません。緩むのは週の上限だけです
  • 数えるのは事業場ごと。分院があれば、本院と分院を合算せず、それぞれで数えます
  • 院長本人は人数に入りません。数えるのは労働者です。個人立の医院なら院長は事業主であって労働者ではありません(労働基準法第9条・第10条)。常勤・パート・アルバイトの区別なく、雇っているスタッフを数えます
  • 特例そのものに届け出は要りません。条件を満たせば適用されます。ただし44時間を前提に1か月単位の変形労働時間制を労使協定で組む場合は、様式第3号の2での届け出が要ります(労働基準法施行規則第25条の3第2項)
  • 週44時間を超えるなら、やはり36協定が必要です

1年単位の変形労働時間制を使っていると、この特例は消える

ここは見落としやすいので、先に書いておきます。1年単位の変形労働時間制(労働基準法第32条の4)を使っている事業場では、週44時間の特例は使えません。労働基準法施行規則第25条の2の第4項が、第32条の4などによって働かせる場合には同条の第1項から第3項までを適用しない、と定めているためです(労働基準法施行規則第25条の2・e-Gov法令検索)。第32条の4そのものも、平均して1週間あたり40時間を超えない範囲で、と書いています。清算期間が1か月を超えるフレックスタイム制(第32条の3)と、1週間単位の非定型的変形労働時間制(第32条の5)も同じ扱いです。逆に、1か月単位の変形労働時間制(第32条の2)はこの3つに入っていません。同じ第25条の2の第2項が、1か月以内の期間を平均して週44時間を超えない定めをした場合を正面から認めています。前の節に書いた様式第3号の2の届け出は、これに当たります。

土曜診療があり、夏季や年末年始に休診日をまとめて取る歯科医院では、1年単位の変形労働時間制を組んでいることが珍しくありません。その場合、週の線は44時間ではなく40時間です。44時間のつもりで計算していると、そこがそのまま違反になります。

順番を整理すると、①1年単位の変形労働時間制など、いま挙げた3つのどれかを使っていないか、②使っていなければ事業場の労働者が常時10人未満か、で週の線が40時間か44時間かが決まり、③その線と1日8時間と法定休日のどれかを超えるかどうかで、36協定が要るかどうかが決まります。

残業させてよい時間にも上限がある

36協定を出せば無制限に残業させられる、ということではありません。上限が罰則つきで法律に定められたのは2019年4月です。中小企業への適用は2020年4月から始まりました。原則は月45時間・年360時間です(厚生労働省 働き方改革特設サイト)。

臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合は特別条項を付けられますが、その場合も次の枠を超えられません(厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」)。

  • 時間外労働は年720時間以内
  • 時間外労働と休日労働の合計は、月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計は、2〜6か月のどの平均をとっても80時間以内
  • 月45時間(次に書くとおり、1年単位の変形で対象期間が3か月を超える場合は月42時間)を超えられるのは、年6か月まで

このうち月100時間未満と2〜6か月平均80時間以内の2つは、特別条項を付けていない36協定にも掛かります。見るのは実際に働かせた時間外労働と休日労働の合計なので、残業が月45時間に収まっていても、休日出勤が重なれば超えることがあります(労働基準法第36条第6項・e-Gov法令検索)。

ここにも変形労働時間制の影響があります。1年単位の変形労働時間制で対象期間を3か月より長く取っている場合、原則の枠は月45時間・年360時間ではなく、月42時間・年320時間に下がります(労働基準法第36条第4項・e-Gov法令検索)。夏季休診をまとめて取るために1年単位を組んでいる医院は、この低いほうの枠で見てください。

先ほどの厚生労働省の解説(時間外労働の上限規制 わかりやすい解説)には、見落としやすい注意も書かれています。法に触れているかどうかを見る物差しは、就業規則で決めた所定の時間ではなく、法律の定める時間をどれだけ超えたか、です。自院が「9時から18時、休憩1時間」と決めていても、法律が見るのは1日8時間や週40時間(特例なら44時間)を超えた分です。就業規則の時間と、法律の時間は、別々に数える必要があります。

出す前に決める4つ

一般的な内容であれば様式第9号、特別条項を付けるなら様式第9号の2を使います。記入例は厚生労働省が公開しています(様式第9号の記載例)。書く前に、院内で決めておくことが4つあります。

1. 誰に、どんなときに残業させるのか

対象になる労働者の範囲と、時間外労働をさせる具体的な事由を書きます。「業務の都合により」では通りません。歯科医院なら、急患対応、月末のレセプト業務、機材の入れ替えといった、実際に起きていることを書きます。法定休日に出てもらうことがあるなら、休日労働の欄も埋めます。

2. 対象期間は1年に限られる

労働基準法第36条第2項では、対象期間は1年間に限ると定められています。つまり36協定は出しっぱなしにできず、毎年 結び直して出し直すものです。1年の起算日も書きます。有効期間がいつまでかを、カレンダーに入れておくのが確実です。

3. 過半数代表者の選び方

労働組合がない医院がほとんどだと思います。その場合、スタッフの過半数を代表する人と協定を結びます。厚生労働省は、この人の選び方について次の点に注意するよう示しています。

  • 管理監督者でないこと
  • 36協定を結ぶ人を選ぶのだと明らかにしたうえで、投票や挙手などの方法で選ぶこと
  • 使用者の意向で選ばれた人でないこと。院長が指名する形や、親睦会の代表が自動的になる形は不適切とされています

院長が「じゃあチーフさんお願い」と決めてしまうのは、この3つ目に当たります。人数の少ない医院ほどやりがちなところです。朝礼で趣旨を説明して挙手をとり、その日付と結果をメモに残しておけば足ります。

4. どこに出すか

事業場ごとに、その所在地を管轄する労働基準監督署へ出します。分院がある場合は分院の管轄署です。窓口・郵送のほか、電子申請もできます(厚生労働省 労働基準法等の規定に基づく届出等の電子申請について)。

2021年4月から、様式が変わっています。事業主の押印と署名が不要になり、代わりに「過半数代表者が適正に選ばれたこと」を確認するチェックボックスが加わりました(長崎労働局 36協定届の届出が4月からはんこレスで可能になります)。厚生労働省の様式第9号の記載例の注意書きは、ここを書き分けています。代表者やその選び方が要件を欠けば、協定は有効になりません。要件を満たしていても、このチェックが無ければ、届出として形式上の要件を欠きます。月100時間未満・2〜6か月平均80時間を守る趣旨のチェック欄もあり、こちらは無記入だと有効な協定にならない、とされています。古い様式の写しを見ながら書き写すと、ここが抜けます。

今日からできること

  1. 週の線を決める。1年単位の変形労働時間制などを使っていれば40時間。使っておらず、その事業場の労働者が常時10人未満なら44時間。院長は数えません
  2. 直近3か月のタイムカードを、3つの目で見る。①週の労働時間が1で決めた線を超えた人はいるか ②1日8時間を超えた日はあるか ③法定休日(毎週1回、または4週で4日の休み)に出勤した日はあるか。
    1か月単位・1年単位の変形労働時間制を組んでいる医院は、①と②の線が変わります。週も日も、協定や就業規則でその週・その日について特定した時間が線です。8時間より長い時間を特定した日は、8時間を超えても、その時間までは時間外になりません。
    フレックスタイム制は始業と終業をスタッフ本人に任せる制度なので、この見方はそのまま当てはまりません。清算期間(3か月以内)を平均した週の労働時間で見ます。清算期間が1か月を超えるなら、1か月ごとの週平均が50時間以内であることも条件です(労働基準法第32条の3・e-Gov法令検索)
  3. 1つでも当てはまれば、36協定が要ります。手元に控えがあるか探し、あれば有効期間が切れていないかを確かめる
  4. 切れていた、または一度も出していないなら、様式第9号を印刷して、上の4つを埋めてみる

1と2は今日のうちに終わります。3つのどれにも当てはまらなければ、いまのところ36協定なしで運営できている、ということです。ただし協定は「あらかじめ」出すものなので、今後 残業や休日出勤をお願いする見込みがあるなら、その前に出しておくことになります。いま自院がどちらなのかが分かるだけでも、収穫です。

それでも残る面倒

  • 毎年やってくる。対象期間が1年なので、1年経てば同じ作業がまた来ます。前回の控えが見つからないと、毎回ゼロから調べ直すことになります
  • 時間を集計しないと、超えたかどうかが分からない。タイムカードが紙のままだと、月45時間を超えた人がいたかを月内に気づけません。気づくのは翌月です
  • 数える目が3つある。週の合計・1日8時間・法定休日。どれか1つを見ているだけでは足りません
  • 法定と所定がずれる。給与計算の残業時間と、36協定で見る法定外労働時間は一致しません。2つの数え方を持つことになります
  • 代表者の選出の記録が残らない。選び方は正しくても、記録がなければ後から説明できません

有給の管理でも同じことが起きます。そちらは歯科医院の有給管理、法定どおりにできていますかにまとめました。

まとめ

  • 1日8時間・週40時間を超えて働かせるなら、または法定休日に出勤させるなら、あらかじめ36協定を結んで労基署に届け出る
  • 常時10人未満の歯科医院は、週の上限が44時間になる特例の対象。1日8時間は変わらない
  • 1年単位の変形労働時間制を使っていると、44時間の特例は使えず、週40時間に戻る
  • 残業の上限は原則 月45時間・年360時間。1年単位の変形で対象期間が3か月を超えるなら月42時間・年320時間
  • 違反かどうかは、所定ではなく法定の労働時間を基準に判断される
  • 対象期間は1年。毎年 結び直して出し直す
  • 過半数代表者は、院長が指名してはいけない

自院がどの制度を使っているか分からない、判断に迷う、という場面では、社会保険労務士や所轄の労働基準監督署にご確認ください。労働基準監督署は、書き方の相談にも応じています。

参考にした資料

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勤怠とシフトを1つの画面で持つので、誰が週に何時間 働いたか、8時間を超えた日があったか、休日に出た日があったかを月内に見られます。翌月の給与計算まで待たずに、線を超えそうな人に気づけます。届け出そのものは社会保険労務士の仕事ですが、その前段にある「数えて、残す」を院長の手から外せます。

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この記事を書いた人

近藤 宏海
近藤 宏海 株式会社ガラパゴスワークス 代表取締役

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私は歯科医院の事務の現場で、医院の開業から日々の運営まで、発注・納品・人の手続き・お金の管理を担ってきました。いまは歯科医院の開業コンサル・経営コンサルとして、ほかの医院の立ち上げや立て直しにも関わっています。

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